生理的臍帯ヘルニアは、肝臓が大きいから起こるのか
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生理的臍帯ヘルニアは、肝臓が大きいから起こるのか

金橋さんは博士の研究で、ヒト胚でみられる生理的臍帯ヘルニア(physiological umbilical herniation: PUH)が、ほんとうに肝臓の大きさによって引き起こされるのかを検証しました。
古くから、「急速に成長する肝臓が腹腔内の大部分を占めるため、腸管が一時的に腹腔の外へ押し出される」と説明されてきました。
しかし今回、肝低形成あるいは肝無形成をもつヒト胚を解析したところ、肝臓が小さくても、腸管は通常どおり臍帯内へ突出していたことが分かりました。
この結果から、PUHは肝臓の体積そのものとは独立して起こる可能性が強く示されました。

本研究成果は、2019年5月14日に公開されました。


研究の背景

ヒトの胚発生では、腸管が急速に伸びる過程で、一時的に腹腔の外、臍帯内の胚外体腔へ突出する時期があります。
これが**生理的臍帯ヘルニア(PUH)**です。
のちに腸管は腹腔内へ戻り、正常な位置関係が整っていきます。

この現象の原因として、古くからよく知られているのが、**「肝臓が大きくなりすぎて腹腔内スペースを圧迫するため、腸管が外へ押し出される」**という説明です。
この考え方は19世紀末のMallの説に由来し、その後も多くの教科書で繰り返し紹介されてきました。

しかし実際には、この説を直接検証した形態学的データはほとんどありませんでした。
われわれは以前の研究で、肝形成異常をもつヒト胚でも腸管が臍帯内に突出している例を見いだしており、PUHの仕組みを改めて考える必要があると考えました。


研究の方法

本研究では、京都大学の京都コレクションから選ばれたCS21のヒト胚6例を対象に解析しました。
内訳は、

  • 正常肝をもつ対照胚 2例
  • 肝低形成(hypogenesis) 2例
  • 肝無形成(agenesis) 2例

です。

これらの標本に対して、**位相差X線CT(PXCT)**を用いて高解像度三次元画像を取得し、

  • 食道
  • 十二指腸
  • 腸管ループ
  • 結腸
  • 肝臓
  • 膵臓
  • 腹腔

などを三次元再構築しました。

そして、

  • 消化管全長
  • 胚外体腔内に突出している腸管の長さ
  • その比率
  • 推定腹腔容積
  • 肝容積
  • 腸管容積
  • 胃・十二指腸・膵の位置

を比較しました。


主な結果

1. 肝形成異常があっても、腸管は臍帯内へ突出していました

もっとも重要な結果は、肝低形成例・肝無形成例のすべてで、生理的臍帯ヘルニアが認められたことです。
つまり、肝臓が著しく小さい、あるいは存在しない場合でも、腸管は通常どおり胚外体腔へ突出していました。

これは、「大きな肝臓が腸を押し出す」という従来の説明だけでは、PUHを説明できないことを意味します。

2. 胚外体腔内にある腸管の長さは、正常例と同程度か、むしろ長い例もありました

消化管全長と、臍帯内に突出している部分の長さを比較すると、肝形成異常例でもその値は対照群と同程度、あるいはそれ以上でした。

特に、

  • 腸管全長
  • 胚外体腔内にある腸管の長さ
  • 全長に占める突出部分の割合

はいずれも、肝形成異常例で大きく低下していませんでした。
むしろ一部では、正常例より高い比率を示す例もありました。

このことから、腸管が臍帯内へ出る現象は、肝臓の有無とは別に、腸管そのものの成長と配置の仕組みによって進んでいると考えられます。

3. 腹腔全体の容積は、肝形成異常例で著しく小さくなっていました

一方で、推定腹腔容積は、肝形成異常例で明らかに小さくなっていました。
これは当然ながら、肝臓の体積が減っていることを反映しています。

つまり、肝臓が小さいと腹腔全体の容積も小さくなりますが、それでも腸管の突出は起こっていました。
この結果は、「腹腔が狭いから腸が外へ出る」という単純な圧迫モデルでも十分ではないことを示唆します。

4. 腸管容積は、正常例と大きくは変わりませんでした

推定腸管容積をみると、肝形成異常例でも正常例と大きくは変わらない値を示していました。
つまり、肝臓が小さいからといって腸管そのものが小さいわけではなく、腸管はほぼ通常どおり発達していると考えられます。

そのため、比較的小さい腹腔空間に対して、ほぼ通常の長さ・容積をもつ腸管が存在するという状況が、肝形成異常例でも成立していました。
ただし、このことは「肝臓が押し出す」こととは別のメカニズムでPUHが起きていることを示します。

5. 胃や膵の一部には位置の保たれる部分と、ずれやすい部分がありました

上部消化管と膵臓の位置関係をみると、

  • 噴門
  • 十二指腸に接続する膵の近位部

は、肝形成異常例でも正常例とほぼ同じ位置に保たれていました。

一方で、

  • 胃体部
  • 幽門部
  • 十二指腸下行部・水平部
  • 膵体尾部

などは、肝形成異常例で位置のずれがみられました。
特に肝無形成例では、その偏位がより強く認められました。

これは、肝臓の欠如や縮小によって腹腔内の空間配置は変化するものの、腸管突出そのものの発生は維持されることを意味しています。


この研究の意義

本研究は、肝低形成・肝無形成をもつヒト胚を用いて、生理的臍帯ヘルニアの成因を直接検証した研究です。

今回の成果から、

  • 肝臓が著しく小さい、あるいは存在しなくても、PUHは起こる
  • 胚外体腔内に突出する腸管の長さは、正常例と同程度以上である
  • 腹腔容積は小さくても、腸管突出は維持される
  • したがって、PUHは肝臓の体積に依存して起こる現象ではない

ことが明らかになりました。

これは、長く受け入れられてきた「肝臓が腸を押し出す」という説明を見直す重要な結果です。
PUHはむしろ、中腸の急速な成長、腹壁の未熟性、腹腔内配置の発達バランスなど、複数の要因の組み合わせによって生じる現象として理解すべきであることが示唆されます。


今後の展望

今後は、PUHの成因をさらに理解するために、

  • 中腸の成長速度
  • 腹壁や臍輪の発達
  • 腸間膜の長さと固定
  • 肝臓以外の腹腔内臓器との位置関係

などを総合的に解析していく必要があります。

われわれの研究室では今後も、ヒト胚の三次元形態解析を通じて、教科書的に語られてきた発生現象をひとつひとつ実証的に見直し、正常発生の仕組みをより深く理解していきます。


論文情報

論文タイトル
Relationship Between Physiological Umbilical Herniation and Liver Morphogenesis During the Human Embryonic Period: A Morphological and Morphometric Study

著者
Toru Kanahashi, Shigehito Yamada, Akio Yoneyama, Tetsuya Takakuwa

公開日
2019年5月14日

DOI
https://doi.org/10.1002/ar.24149


ひとこと

「腸が一時的にお腹の外へ出るのは、肝臓が大きすぎるから」――発生学では長くそう説明されてきました。
けれど今回の研究では、肝臓が小さくても、あるいはなくても、腸はきちんと臍帯内へ突出していました。
発生のしくみは、見た目に分かりやすい説明よりも、ずっと精密で複雑です。
こうした“当たり前”を丁寧に検証し直すことも、発生学の大切な役割だと考えています。