後腎はどのように位置を・向きを変えるのか
石山さん、石川さんは、ヒト胚における後腎(metanephros)が、発生の過程でどのように成長し、周囲の臓器や血管とどのような位置関係をとるのかを、連続組織切片・位相差X線CT・MRIを用いた三次元解析によって詳しく調べました。
その結果、後腎は胚期を通じて左右が非常に近接した状態にありますが、CS17からCS18にかけて腎門の向きが大きく変化し、同時に尿路集合系の分岐が急速に増えることが分かりました。
また、後腎の下極は発生を通して大動脈分岐部の近くに保たれており、いわゆる「腎の上行」は主として後腎自体の縦方向の成長として理解できることが示されました。
本研究成果は、2019年2月26日に公開されました。
研究の背景
ヒトの腎臓は、発生初期には仙骨付近の低い位置に現れ、その後、成長に伴って相対的に上方へ移動し、最終的には腰部に位置するようになります。
また、この過程では腎門の向きが変わる、いわゆる「腎の回旋」も起こることが古くから知られています。
こうした位置変化や回旋は、正常発生ではごく自然な現象ですが、これがうまく進まないと、
- 骨盤腎
- 馬蹄腎
- 回旋異常
などの先天異常につながることがあります。
そのため、後腎が「いつ」「どのように」向きを変え、どの血管や周囲臓器とどのような関係をもつのかを詳しく知ることは、発生学的にも臨床的にも重要です。
しかし、ヒト胚における後腎の三次元的位置変化を、Carnegie stageごとに詳細に追った研究は限られていました。
そこで本研究では、ヒト胚の後腎とその周囲構造を三次元再構築し、位置と向きの変化を定量的に解析しました。
研究の方法

本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているCS14〜CS23のヒト胚標本を対象に解析を行いました。
使用した画像データは発生段階に応じて選択し、
- CS14〜19:連続組織切片
- CS19〜21:位相差X線CT
- CS22〜23:MRI
を用いました。
対象構造として、
- 後腎
- 尿路集合系(尿管芽とその分岐)
- 中腎
- 総排泄腔
- 大動脈分岐部と腸骨動脈
- 尿管
などを三次元再構築しました。
さらに、後腎について
- 上極
- 下極
- 腎門
- 長軸長
- 左右の距離(interpole distance)
- 腎門角
- 大動脈分岐部との相対的位置
を計測し、発生段階との関係を調べました。
主な結果
1. 後腎はCS14で出現し、最初は仙骨付近の低い位置にありました
後腎の原基となる後腎芽組織は、CS14で尿管芽の周囲に認められました。
この段階では、後腎はまだ非常に小さく、仙骨領域に位置していました。
尿管芽は、当初は比較的単純な膨大部状の形をしていましたが、発育とともに頭尾方向に細長く伸びるようになりました。
2. CS17からCS18にかけて、腎門の向きが大きく変わりました
本研究で特に重要だったのは、腎門の向きがCS17からCS18にかけて急激に変化することが定量的に示された点です。
腎門角は、
- CS17:平均34.4度
- CS18:平均122.3度
へと大きく変化しており、この差は統計学的にも有意でした。
つまり、後腎の回旋は胚期を通して少しずつ起こるというより、CS17〜18の比較的短い時期に大きく進むことが分かりました。
3. 腎門の回旋は、尿路集合系の急速な分岐増加と並行していました
この腎門角の大きな変化に一致して、尿路集合系(UCS)の分岐数も急増していました。
平均分岐世代は、
- CS17:1.61
- CS18:3.20
へ増加しており、集合系が急速に二次元的構造から三次元的構造へ移行していることが分かりました。
つまり、腎門の向きの変化は、単に腎全体が“回る”というより、内部の集合系が急速に枝分かれして腎の立体形態を作っていくことと深く関係している可能性があります。
4. 左右の後腎は胚期を通じて非常に近接していました
左右の後腎は、発生の全期間を通じてかなり近い位置にありました。
左右の上極間距離・下極間距離はいずれも小さく、特にCS18で局所的な最大値を示しました。
それでも、本研究で観察した正常標本では左右の後腎が癒合する例は認められませんでした。
また、左右の後腎の間には常に間葉組織が存在していました。
このことから、正常発生では、後腎どうしが近接していても、何らかの仕組みによって癒合が防がれている可能性が考えられます。
これは、馬蹄腎の発生機序を考えるうえでも興味深い知見です。
5. 後腎の下極は、大動脈分岐部の近くにほぼ保たれていました
一般に「腎は上行する」と説明されますが、本研究ではその実態もより具体的に見えてきました。
後腎の下極は、発生の初期から大動脈分岐部のすぐ近くに位置し、その関係は発生を通して大きく変わりませんでした。
一方で、上極は発育に伴って大動脈分岐部よりも2 mm以上頭側へ伸びていくことが分かりました。
つまり、胚期の「腎の上行」は、下極が大きく上へ移動するというより、後腎が頭尾方向に成長し、上極がより頭側へ伸びることによって理解できる可能性があります。
6. 中腎や総排泄腔は相対的に下降し、後腎との位置関係が変化しました
発生が進むにつれて、中腎や総排泄腔は相対的に尾側へ移動していきました。
その結果、初期には後腎の頭側にあった中腎が、やがて同じ高さを経て、さらに尾側に位置するようになりました。
このことから、後腎の位置変化は単独で起こるものではなく、周囲の泌尿生殖器系全体の成長速度の違いの中で生じることが分かります。
7. 腸骨動脈は、後腎の発達を物理的に妨げているようには見えませんでした
古典的には、腸骨動脈の分岐やその走行が腎の上行を妨げ、骨盤腎や癒合腎の原因になる可能性が議論されてきました。
しかし本研究では、後腎の周囲には十分な間葉組織のスペースがあり、腸骨動脈が後腎発育を直接妨げているような所見は認められませんでした。
この結果は、少なくとも正常発生では、大動脈分岐部や腸骨動脈の位置そのものが後腎の上行を機械的に阻害する主因ではないことを示唆しています。
この研究の意義
本研究は、ヒト胚の後腎について、その形態変化・回旋・周囲臓器との位置関係をCarnegie stageごとに三次元解析した研究です。
今回の成果から、
- 後腎はCS14で出現し、初期には仙骨付近に位置すること
- CS17〜18で腎門の向きが大きく変化すること
- この変化は、尿路集合系の分岐増加と密接に関係すること
- 左右の後腎は非常に近接するが、正常では癒合しないこと
- 「腎の上行」は、主として後腎の縦方向成長として理解できること
が明らかになりました。
これらの知見は、正常な腎発生の理解を深めるだけでなく、骨盤腎や馬蹄腎、回旋異常などの先天異常の成り立ちを考えるうえで重要な基礎資料になります。
今後の展望
今後はさらに、
- 腎血管の形成との関係
- 後腎周囲の間葉組織の役割
- 先天異常例との比較
- より後期の胎児期への連続解析
を進めることで、腎の位置異常や形態異常の発生機序がより明らかになると考えられます。
われわれの研究室では今後も、ヒト泌尿生殖器系の発生を三次元的に解析し、正常発生と先天異常の理解をつなぐ研究を進めていきます。
論文情報
論文タイトル
Spatial Relationship Between the Metanephros and Adjacent Organs According to the Carnegie Stage of Development
著者
Hana Ishiyama, Aoi Ishikawa, Hirohiko Imai, Tetsuya Matsuda, Akio Yoneyama, Shigehito Yamada, Tetsuya Takakuwa
公開日
2019年2月26日
DOI
https://doi.org/10.1002/ar.24103
ひとこと
腎臓は発生の途中で“上へ上がっていく”とよく説明されますが、今回の研究では、その実態はもっと立体的で動的なものであることが見えてきました。
特に、CS17〜18での腎門の急な向きの変化は、腎の内部構造そのものが立ち上がっていく時期をよく表しているように思われます。
こうした正常発生の詳細な理解は、腎の位置異常や癒合異常を正しく考えるための大切な土台になると考えています。


