ヒト胎児の心筋線維は、いつかららせん構造をもつのか-拡散テンソルMRIを用いた解析-
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ヒト胎児の心筋線維は、いつかららせん構造をもつのか-拡散テンソルMRIを用いた解析-

西谷さん(修士)、鳥居さん(学部4回生)は、ヒトの胚後期から胎児期にかけての心臓について、拡散テンソルMRI(DT-MRI)とトラクトグラフィーを用いて心筋線維の走行を三次元的に解析し、左心室を中心とした心筋線維のらせん構造が、発生のかなり早い時期からすでに形成されていることを明らかにしました。
その結果、受精後8週ごろの胚後期には、すでに成人心にみられるような内層から外層へなめらかに変化するヘリックス角の配列が認められ、心筋構造の基本設計図が早期に成立している可能性が示されました。本研究成果は、京都大学HP(トピックス)でも紹介されました。
ヒト胎児心臓の心筋線維方向を追跡 -受精後8週の心筋線維は成人と同じ配列をする-  外部リンク[京都大学HP(トピックス)]
2020/10/13 医療NEWSにて,ヒト胎児の心臓、受精後8週で心筋線維の配列が成人と同様であることが判明-京大ほか が紹介されました.

本研究成果は、Journal of the American Heart Association に掲載されました。


研究の背景

心臓は、ヒトの発生のなかで最も早く機能し始める臓器のひとつです。
心拍動はごく早い段階から始まりますが、その後、心室壁は厚くなり、肉柱構造や冠血管の発達とともに、より成熟した心筋構造へと変化していきます。

成体の心筋線維は、心室壁の中でらせん状に配列しており、内膜側と外膜側で線維の向きが異なります。
この立体的な線維構築は、心臓が効率よく収縮・拡張するうえで重要です。

しかし、ヒトの発生過程でこのような心筋線維のらせん配列がいつ成立するのかについては、これまで十分には分かっていませんでした。
従来のDT-MRI研究では、比較的遅い胎児期になってから線維配向が検出されるとされており、胚後期の段階でどこまで秩序だった構造が形成されているかは明らかでありませんでした。

そこで本研究では、ヒト胚後期から胎児期にかけての標本を用い、心筋線維の立体配置をより早い時期から解析しました。


研究の方法

本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているヒト胚・胎児標本20例を対象に解析を行いました。
対象は、受精後8〜24週に相当し、Carnegie stage 20〜23の胚後期標本も含まれています。

各標本について、7テスラMRIを用いて、

  • T1強調画像
  • 拡散テンソルMRI(DT-MRI)

を取得しました。

その後、心臓を三次元再構築し、特に左心室壁を中心に、

  • ヘリックス角(helix angle: HA)
  • 異方性指標(fractional anisotropy: FA)
  • 伝播角(propagation angle: PA)

を計算し、心筋線維の向きや秩序性を評価しました。


主な結果

1. 心筋線維は、胚後期の時点ですでにらせん状に整っていました

解析の結果、すべての標本で、左心室・右心室ともに心筋線維がらせん状に走行するパターンが観察されました。
左心室では、内膜側で正のヘリックス角、外膜側で負のヘリックス角を示し、その間をなめらかに移行する構造が認められました。

これは、成体心でみられる典型的な線維配列とよく似たパターンです。
特に重要なのは、この特徴がCS23前後の小さな胚標本でもすでに確認されたことです。

つまり、心筋線維の基本的な立体配置は、これまで考えられていたよりも早い段階、受精後8週ごろには成立していることが示されました。

2. 左心室壁では、内層から外層へのヘリックス角変化が一貫してみられました

左心室壁を複数の断面と領域に分けて評価したところ、前壁、後壁、中隔を含むさまざまな部位で、内側から外側へヘリックス角が連続的に変化していました。

この変化は、心室壁全体にわたって比較的一貫しており、特定の部位だけでなく、左心室全体として秩序だった線維配列が形成されていることを示しています。
一部、より若い胚の後壁では不連続にみえる部分もありましたが、全体としては早期から基本構造が保たれていました。

3. 異方性は胚後期から高く、のちに低下していきました

FA値は、心筋内での水分子拡散の方向性の強さを示す指標です。
本研究では、胚後期から初期胎児期の標本で比較的高いFA値が観察され、とくに左心室前壁外側や中隔外側で高値が目立ちました。

その後、発育が進んだ胎児標本ではFA値が低下し、より大きな標本では約0.09前後で比較的低い値を示しました。

このことは、心筋線維の「配向そのもの」は早期に形成される一方で、拡散特性としてみた組織の異方性は、発育段階によって変化することを示しています。
つまり、構造の設計図の成立と、組織物性としての成熟は同じタイミングではない可能性があります。

4. 線維の連続性は高く、心筋全体として一貫した走行を示しました

伝播角(PA)の解析では、ほとんどの線維束で20°以下の低い値が示され、心筋線維が連続的で滑らかな走行をもつことが確認されました。
これは、心筋線維のトラクトが途中で大きく乱れることなく、一定の方向性を保って配列していることを意味します。


この研究の意義

本研究は、ヒトの胚後期から胎児期にかけての心筋線維構築を、DT-MRIとトラクトグラフィーによって三次元的に解析した研究です。

今回の成果から、

  • 左心室を中心とした心筋線維のらせん構造は受精後8週ごろにはすでに認められる
  • ヘリックス角の内外層変化は、成体心に近い基本パターンを示す
  • 心筋の構造的な設計図は早期に成立している可能性が高い
  • 一方で、FA値の変化から、組織としての成熟はその後も続く

ことが明らかになりました。

これらの結果は、心筋の立体構造形成が、冠血管侵入や心室壁リモデリングの始まる時期と深く関係しながらも、非常に早期から秩序だった形で進行することを示しています。
また、正常心発生の基礎を理解するうえで重要であるだけでなく、将来的には胎児心疾患や先天性心奇形の病態理解にもつながる可能性があります。


今後の展望

今回の研究では、心筋線維の基本配列が早期に成立することが示されましたが、今後はさらに、

  • より若い発生段階での解析
  • 右心室や心尖部を含む詳細な座標解析
  • 組織学・血管発生との比較
  • 先天性心疾患標本との比較

などを進めることで、心筋構築の形成機序をより深く理解できると考えられます。

われわれの研究室では今後も、MRIを用いた立体形態解析を通じて、ヒト心発生の正常過程とその異常の理解に取り組んでいきます。


論文情報

論文タイトル
Development of Helical Myofiber Tracts in the Human Fetal Heart: Analysis of Myocardial Fiber Formation in the Left Ventricle From the Late Human Embryonic Period Using Diffusion Tensor Magnetic Resonance Imaging

著者
Saori Nishitani, Narisa Torii, Hirohiko Imai, Ryo Haraguchi, Shigehito Yamada, Tetsuya Takakuwa

掲載誌
Journal of the American Heart Association
Volume 9, Number 19

DOI
https://doi.org/10.1161/JAHA.120.016422


ひとこと

心臓は早い時期から動き始めますが、その中で心筋線維がどのように並び、どのように「効率よく動ける構造」をつくるのかは、長く大きな課題でした。
今回の研究では、ヒトの胚後期にはすでに、成体心に通じるらせん状の心筋配列ができていることが見えてきました。
心臓の「動きの土台」となる立体構造が、これほど早く準備されることは、ヒト心発生の巧妙さをよく示していると考えています。