腹直筋の位置は、腸管の生理的臍帯ヘルニアとどう関わるのか
李さんは、ヒト胎児初期にみられる生理的臍帯ヘルニアと、その時期に形成が進む**腹直筋(rectus abdominis muscle: RAM)**との関係を、高解像度MRIによる三次元解析を用いて調べました。
その結果、腹直筋や腹壁全体は胎児の成長に伴って発達する一方で、腸管がまだ臍帯内にある時期か、腹腔内へ戻った後かによって、腹壁の基本的な成長パターンは大きく変わらないことが分かりました。
つまり、腹壁形成、とくに腹直筋の発達は、腸管のヘルニア状態そのものとは独立して進行する可能性が示されました。
本研究成果は、2020年1月7日に公開されました。
研究の背景
ヒト発生の初期には、急速に伸びた腸管の一部が一時的に臍帯内へ突出する現象がみられます。
これが生理的臍帯ヘルニアで、その後、発育が進むと腸管は腹腔内へ戻ります。
この「出る」「戻る」という現象は、胎児の正常発生の一部です。
一方、同じ時期には腹壁の筋肉、とくに腹直筋の形成も進行しています。
腹直筋は最終的に、肋骨弓から恥骨まで前腹壁を支える重要な筋ですが、発生初期には左右がまだ離れており、正中部には腹直筋離開がみられます。
これまで、腸管の生理的ヘルニアと腹直筋の位置関係には何らかの関連があるのではないかと考えられてきましたが、腹直筋の発達そのものが、腸管の突出・還納の時期に応じて変化するのかどうかは、よく分かっていませんでした。
そこで本研究では、ヒト胎児標本を用いて、腹直筋、腹斜筋群、臍輪、腹腔の大きさなどを三次元的に解析し、ヘルニア期と還納期の関係を詳しく調べました。
研究の方法

本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているヒト胎児19例を対象に、CRL 22〜69 mmの範囲で解析を行いました。
標本は、
- ヘルニア期
腸管の多くがまだ臍帯内にある時期 - 移行期
腸管が腹腔へ戻りつつある時期 - 還納期
腸管が腹腔内へ戻った後の時期
に分けて評価しました。
各標本について、7テスラMRIで高解像度T1強調画像を取得し、以下の構造を三次元再構築しました。
- 腹直筋
- 腹斜筋群
- 臍輪
- 肋骨
- 骨盤
- 腹腔
そして、
- 腹壁の長さ・幅
- 腹腔容積
- 腹直筋の幅
- 腹直筋間の距離(腹直筋離開)
- 臍輪の幅・面積
- 臍の位置
などを計測し、胎児の成長や腸管の状態との関係を調べました。
主な結果
1. 発生初期の腹直筋は外側を走りますが、成長とともに正中寄りへ移動していきました
もっとも小さい標本では、腹直筋は腹壁の比較的外側を走っており、正中部はまだ広く空いていました。
しかし、発育が進むにつれて、左右の腹直筋はより内側、すなわち正中寄りに位置するようになりました。
また、腹直筋の下端は次第に臍輪に沿って恥骨方向へ伸びていく様子が観察されました。
ただし、多くの標本では臍より下の腹直筋はまだ細く、不明瞭な部分も残っていました。
2. 腹壁全体や筋の幅は成長に伴って増加しました
計測の結果、
- 腹部の横幅
- 腹部の縦方向の長さ
- 腹腔容積
- 腹直筋の幅
- 腹斜筋群の幅
- 腹囲
は、いずれも胎児の成長とともに増加しました。
特に腹腔容積は大きく増加しており、腹壁全体が発育に伴って着実に拡大していくことが示されました。
一方で、こうした増加の傾向は、腸管がまだ臍帯内にあるか、すでに戻っているかに関係なくみられました。
3. 腹直筋離開や臍輪の大きさは、成長してもほぼ一定でした
興味深いことに、腹壁そのものが大きくなる一方で、
- 腹直筋離開の幅
- 臍輪の幅
- 臍輪の面積
は、胎児の成長に対して大きくは変化しませんでした。
つまり、腹部全体は成長するものの、正中部の開大や臍輪のサイズ自体は比較的一定であり、その結果、腹囲に対する腹直筋離開の比率は相対的に小さくなることが分かりました。
これは、腹壁の閉鎖が「離開そのものが急速に縮む」ことで起こるというより、腹壁全体の成長バランスのなかで相対的に進んでいくことを示唆しています。
4. 生理的臍帯ヘルニアの有無によって、腹壁成長の基本パターンは変わりませんでした
本研究で最も重要だったのは、ヘルニア期、移行期、還納期を比べても、腹壁の長さ、筋の幅、腹直筋離開、臍輪サイズなどに、腸管の位置に応じた明瞭な段差的変化がみられなかったことです。
つまり、腸管が外にある時期から腹腔へ戻る時期にかけて、腹壁にはもちろん成長が起きていますが、それはヘルニアの還納イベントに直接引きずられる形ではなく、連続的な発育として進行していると考えられます。
5. 臍の位置そのものは、腹部全体に対して比較的一定でした
臍輪の位置を腹部の縦方向の長さの中でみると、相対的位置は大きく変わらず、腹部のほぼ一定の位置に保たれていました。
このことからも、腹壁や腹腔の発育は、特定の時期に臍が急に移動するのではなく、全体としてバランスよく進行していることがうかがえます。
この研究の意義
本研究は、ヒト胎児初期における腹直筋の位置変化と生理的臍帯ヘルニアの関係を、三次元MRIで定量的に調べた研究です。
今回の結果から、
- 腹直筋は発育に伴って外側から正中寄りへ移動すること
- 腹壁や腹筋は胎児の成長に応じて着実に発達すること
- 一方で、腹直筋離開や臍輪の大きさはほぼ一定であること
- こうした腹壁形成の基本パターンは、腸管が臍帯内にあるか腹腔内に戻ったかとは大きくは関係しないこと
が明らかになりました。
これらは、腹壁形成と腸管還納が同じ時期に起こる現象ではあっても、少なくとも形態学的には独立した発生過程として進む可能性を示しています。
今後の展望
今回の研究では、MRIによって腹壁全体の立体構造を評価することができましたが、今後はさらに、
- 白線や結合組織の成熟
- 臍下部腹壁の詳細構造
- 先天性腹壁異常との関連
なども詳しく調べることで、腹壁形成の理解がより深まると考えられます。
特に、腹壁破裂や膀胱外反など、腹壁形成異常の病態を考えるうえでも、正常発生の三次元的理解は重要です。
われわれの研究室では今後も、ヒト発生における体幹・腹壁形成のしくみを、画像解析を通じて明らかにしていきます。
論文情報
論文タイトル
Relationship between rectal abdominis muscle position and physiological umbilical herniation and return: A morphological and morphometric study
著者
Xiang Ji, Aoi Ishikawa, Akari Nagata, Shigehito Yamada, Hirohiko Imai, Tetsuya Matsuda, Tetsuya Takakuwa
公開日
2020年1月7日
DOI
https://doi.org/10.1002/ar.24358
ひとこと
発生の途中で腸がいったん臍帯の中へ出る「生理的臍帯ヘルニア」は、少し不思議に見える現象ですが、ヒトの正常発生の一部です。
今回の研究では、その時期に腹直筋や腹壁がどのように育つのかを立体的に調べることで、腸の出入りと腹壁形成が、同時期に起こりながらも別々の発育過程として進んでいる可能性が見えてきました。
こうした正常発生の理解は、腹壁の先天異常を考えるうえでも大切な基礎になると考えています。

