ヒト胚の気管支は、どのようなルールで枝分かれするのか-三次元再構築による気管支の分岐様式の解析-
藤井さんは、博士課程の研究でヒト胚の気管支樹がどのようなルールで枝分かれしていくのかを、位相差X線CTによる三次元解析によって詳しく調べました。
その結果、肺葉気管支から区域気管支、さらに亜区域気管支にいたるまで、大部分の気管支は「単軸性分岐(monopodial branching)」で形成されることが分かりました。
一方で、左上葉気管支から分かれる舌区気管支では、例外的に**二分性分岐(dipodial branching)**が認められ、ヒト肺に特徴的な分岐様式の一端が示されました。
本研究成果は、2021年1月15日に PLOS ONE 誌に掲載されました。
研究の背景

肺や腎臓のような臓器は、枝分かれを繰り返しながら複雑な立体構造をつくります。
こうした**分岐形成(branching morphogenesis)**は、臓器形成の基本原理のひとつであり、先天異常の理解にも重要です。
気管支の分岐様式としては、主に次の2つが考えられています。
- 単軸性分岐(monopodial branching)
子枝が親枝の側壁から出る分岐 - 二分性分岐(dipodial branching)
親枝の先端が二股に分かれる分岐
マウス肺では、これらの分岐様式が組み合わさって気管支樹が形成されることが知られています。
しかし、ヒト胚の気管支で、どの分岐がどの様式にあたるのかは、これまで十分に明らかではありませんでした。
そこで本研究では、ヒト胚肺の気管支樹全体を三次元再構築し、各分岐部の長さ変化を手がかりに、分岐様式を定量的に分類しました。
研究の方法
本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているCS15〜CS23のヒト胚48例を対象に解析を行いました。
各標本について、位相差X線CTで撮影した高解像度画像をもとに、気管支樹を三次元再構築しました。
解析では、気管支の分岐点と枝の中心線を抽出し、
- 肺葉気管支
- 区域気管支
- 亜区域気管支
を対象に、それぞれの親枝の長さと子枝の形成前後の変化を測定しました。
分岐様式の判定では、子枝が形成された後に親枝の長さが短くなるかどうかを基準にしました。
親枝の先端が二分される場合は二分性分岐、側壁から新たな枝が出る場合は単軸性分岐と解釈できます。
主な結果
1. 肺葉気管支は、すべて単軸性分岐で形成されていました
解析の結果、肺葉気管支はすべて単軸性分岐によって形成されていました。
つまり、右上葉・右中葉・左上葉などの肺葉気管支は、親枝の先端が二股に分かれるのではなく、主気管支の側壁から芽のように出てくるかたちで形成されることが示されました。
これは、古典的な観察により示唆されていた所見を、三次元形態と長さ計測によって定量的に裏づけたものです。
2. 区域気管支・亜区域気管支の大部分も単軸性分岐でした
区域気管支および亜区域気管支については、25か所の分岐を解析しました。
その結果、
- 22か所が単軸性分岐
- 2か所は明確に分類できず
- 1か所のみが二分性分岐
と判定されました。
すなわち、分類可能だった分岐のほとんどすべてが単軸性分岐であり、ヒト胚の近位気管支では、単軸性分岐が基本的な様式であることが分かりました。
3. 左上葉気管支から分かれる舌区気管支だけが、例外的に二分性分岐を示しました

今回の研究で特に興味深かったのは、左上葉気管支から分かれる舌区気管支だけが、明確に二分性分岐と判定されたことです。
通常、二分性分岐では親枝の先端がそのまま二股に分かれるため、分岐後も親枝の長さが急に短くなることはありません。
実際、この部位では発育が進んでも左上葉気管支の長さが短縮しないことが確認され、二分性分岐の特徴と一致していました。
この結果は、ヒト肺のなかでも左上葉〜舌区の領域が形態学的に特異な性格をもつ可能性を示しています。
4. 観察期間中、明らかな「枝の縮み込み」は認められませんでした
他臓器では、分岐後に親枝が短くなるようなリモデリングが報告されることがあります。
しかし本研究では、解析した期間内に、気管支の長さが明らかに短縮していくような現象は認められませんでした。
このことから、ヒト胚肺の近位気管支では、少なくとも今回観察した時期には、大きな再構築を伴わずに分岐パターンが形成されると考えられます。
この研究の意義
本研究は、ヒト胚の気管支樹について、三次元再構築と形態計測をもとに分岐様式を定量的に分類した研究です。
今回の成果から、
- ヒト胚の肺葉気管支はすべて単軸性分岐で形成されること
- 区域気管支・亜区域気管支の大部分も単軸性分岐であること
- 舌区気管支のみが例外的に二分性分岐を示すこと
- 少なくとも観察期間中には、大きな枝の縮小や再編成は認められないこと
が明らかになりました。
これらの結果は、ヒト肺の分岐形成が、マウス肺と共通する部分を持ちながらも、末梢に近い分岐ではヒト特有の特徴をもつことを示しています。
また、正常な分岐ルールを理解することは、気道形成異常や肺区域の解剖学的変異を考えるうえでも重要です。
今後の展望
今回の研究では、主に長さを指標として分岐様式を分類しましたが、今後はさらに、
- 分岐角度
- 枝の太さ
- 三次元的な方向性
なども含めて解析することで、気管支分岐の形成原理をより詳しく理解できると考えられます。
また、ヒトとマウスの比較を進めることで、肺発生の普遍的なルールと種差の両方が見えてくる可能性があります。
われわれの研究室では今後も、ヒト胚肺の三次元形態解析を通じて、呼吸器発生の基礎を明らかにしていきます。
論文情報
論文タイトル
Bronchial tree of the human embryo: Categorization of the branching mode as monopodial and dipodial
著者
Sena Fujii, Taiga Muranaka, Jun Matsubayashi, Shigehito Yamada, Akio Yoneyama, Tetsuya Takakuwa
掲載誌
PLOS ONE
公開日
2021年1月15日
DOI
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0245558
ひとこと
肺の気管支は複雑に見えますが、その枝分かれには一定のルールがあります。
今回の研究では、ヒト胚肺の多くの気管支が「側壁から枝が出る」単軸性分岐で形成されること、そして一部にだけ例外的な分岐があることが見えてきました。
こうした基本ルールを知ることは、ヒト肺の正常なかたちづくりを理解するための大切な土台になると考えています。

