肋骨は、場所が違っても同じ形の変化をたどるのか-共通する肋骨の形態変化-

奥野さんは卒業研究で、ヒト胚の第1肋骨から第12肋骨まですべての肋骨について、その形が発生のあいだにどのように変化するのかを三次元的に解析しました。
その結果、上位肋骨と下位肋骨では最終的な形や役割が異なるにもかかわらず、胚期の肋骨は、頭尾軸上の位置にかかわらず共通した形態変化の系列をたどることが分かりました。
つまり、肋骨どうしの違いは、それぞれが別々のルールで作られるというより、共通の形づくりの流れの中で、変化を始める時期や止まる時期が異なることで生じている可能性が示されました。
本研究成果は、2019年8月27日に公開されました。
研究の背景
肋骨は、胸郭を構成し、臓器の保護、体幹の支持、呼吸運動に重要な役割を果たしています。
ヒトでは通常12対の肋骨があり、上位の肋骨は胸骨と連結する真肋、下位は仮肋、さらに最下位は浮遊肋として区別されます。
このように、完成した肋骨は位置によって形も機能も異なるため、発生の段階でも「上位肋骨と下位肋骨は別々の仕組みで作られるのではないか」と考えられてきました。
一方で、胚期には心臓、肝臓、肺、上肢など周囲の構造も同時に大きく変化しており、肋骨の形づくりは非常に複雑です。
そこで本研究では、肋骨を胸郭全体の一部としてまとめてみるのではなく、各肋骨対を個別に三次元解析し、位置ごとの違いと共通性を定量的に調べました。
研究の方法
本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているCS18〜CS23のヒト胚29例を主な解析対象とし、加えてCS17の標本5例も形態観察に用いました。
画像取得には、
- 位相差X線CT(PXCT)
- MRI
を用い、肋骨と胸椎の三次元形態を高精細に可視化しました。
各肋骨対について、
- 椎体との位置関係
- 肋骨の最外側点
- 肋骨先端
- 脊柱起立筋付着部
など、7つのランドマークを設定し、全12対・計84点を座標化しました。
さらに、形の違いを統計的に比較するために、
- Procrustes解析
- 主成分分析(principal component analysis: PCA)
を行い、各肋骨の形態変化を定量的に評価しました。
主な結果
1. 肋骨は発生とともに、胸郭を囲むように伸びていきました
CS17の段階では、すべての肋骨はまだ比較的短く、体幹の背側に集中したほぼ直線的な形をしていました。
その後、発生が進むにつれて、肋骨は次第に外側・前方へ伸長し、胸郭を取り囲むような形へ変化していきました。
また、胸郭全体としても、
- 高さ
- 幅
- 前後径
が増大し、立体的に発達していく様子が確認されました。
2. 肋骨の長さはすべて増加しましたが、伸び方には部位差がありました
すべての肋骨は発生に伴って長くなりました。
ただし、どの肋骨も同じ割合で伸びるわけではなく、特に第7・第8肋骨で伸長率が高く、逆に第12肋骨では比較的低いことが分かりました。
発生後期には、第7肋骨が最も長くなる傾向がみられ、胸郭中央部の発達が特に大きいことが示されました。
3. 肋骨の形の違いは、主に2つの要素で説明できました

主成分分析の結果、肋骨形態の変化の大部分は2つの主成分で説明できました。
第1主成分と第2主成分だけで、全体の**92.7%**を説明できました。
それぞれの意味をみると、
- 第1主成分(PC1)
肋骨がどれくらい体幹を円弧状に囲むか、つまり肋骨先端が閉じていくか開いているか - 第2主成分(PC2)
肋骨の最外側への張り出し位置が、より前方にあるか、より後方にあるか
を反映していました。
つまり、肋骨の形の変化は非常に複雑に見えても、実際には主として
「どれだけ体幹を包み込むか」
「最も張り出す位置がどこか」
という2つの軸で整理できることが分かりました。
4. すべての肋骨は、共通する“形の道筋”をたどっていました
各肋骨のPC1・PC2の値を散布図にすると、点はばらばらに分布するのではなく、魚の釣り針(fishhook)のような1本の曲線状に並びました。
そして、各肋骨は発生に伴って、その曲線上を移動するように形を変えていました。
これは非常に重要な結果で、第1肋骨から第12肋骨まで、すべての肋骨が共通する形態変化の系列に沿って発達することを意味しています。
つまり、位置が違う肋骨であっても、まったく別々の形づくりをしているわけではなく、同じ基本パターンの中で進行度が異なると考えられます。
5. 上位肋骨と下位肋骨の違いは、共通パターンの“どこで止まるか”の違いかもしれません
解析では、上位肋骨ほど大きく形を変え、体幹をより包み込む方向へ進む一方、下位肋骨ほど変化の幅が小さいことが分かりました。
特に第11・第12肋骨では、変化の範囲が比較的限られていました。
このことから、真肋・仮肋・浮遊肋といった違いは、それぞれが別個の原理で作られるのではなく、共通する形態変化の流れの中で、開始時期や終了時期が異なることによって生じる可能性があります。
6. 発生後期の上位肋骨では、別の調節要因が加わる可能性も示されました
一方で、上位肋骨、とくに第1〜第8肋骨では、胚期の終わりごろに形の変化がやや頭打ちになったり、単純な連続変化では説明しきれない部分もありました。
これは、胸骨への接近や胸郭前方構造との関係など、後期に追加の調節要因が働いている可能性を示しています。
つまり、肋骨形成の基本ルールは共通していても、発生の終盤には部位ごとの局所要因がより強く影響してくるのかもしれません。
この研究の意義
本研究は、ヒト胚の全12対の肋骨を個別に三次元計測し、その形態変化を統計学的に比較した研究です。
今回の成果から、
- すべての肋骨は発生に伴って背側から前外側へ伸び、胸郭を囲むように発達すること
- 肋骨の形の違いは主に2つの要素で整理できること
- 第1肋骨から第12肋骨まで、共通する形態変化の系列をたどること
- 肋骨ごとの違いは、共通パターンの進み方や止まり方の違いとして理解できる可能性があること
が明らかになりました。
これらの結果は、肋骨の位置による違いを「まったく別の発生プログラム」と捉えるよりも、共通の発生ルールに対する時空間的な調節の違いとして理解できることを示しています。
これは、正常な胸郭形成の理解だけでなく、肋骨異常や体幹形成異常の発生機序を考えるうえでも重要な基礎知見です。
今後の展望
今後は、肋骨の形態変化と、
- 胸骨形成
- 呼吸器や心臓など胸腔内臓器との位置関係
- 筋の発達
- 体幹の領域形成やHox遺伝子による軸パターン形成
との関係をさらに詳しく調べることで、肋骨形成の調節機構がより明らかになると考えられます。
われわれの研究室では今後も、ヒト胚における骨格形成を三次元的・定量的に解析し、体幹の形づくりのルールを明らかにしていきます。
論文情報
論文タイトル
Human embryonic ribs all progress through common morphological forms irrespective of their position on the axis
著者
Jun Matsubayashi, Kasumi Okuno, Sena Fujii, Koichi Ishizu, Shigehito Yamada, Akio Yoneyama, Tetsuya Takakuwa
公開日
2019年8月27日
DOI
https://doi.org/10.1002/dvdy.107
ひとこと
大人の肋骨を見ると、上と下で形も役割もかなり違って見えます。
けれど今回の研究から、その違いは最初から別々に作られているというより、同じ形づくりの流れの中で、進み方が少しずつ違うことで生まれている可能性が見えてきました。
体の“基本設計”が、共通性と多様性の両方をあわせ持ちながら作られていくことを示す、興味深い例だと考えています。

