胸郭は、どのように形づくられていくのか
奥野さんは卒業研究で、ヒト胚における胸郭、すなわち肋骨と胸椎からなる骨格の枠組みが、発生のあいだにどのように形成されるのかを、高解像度の三次元画像解析によって詳しく調べました。
その結果、肋骨はCS17で軟骨として認識できるようになり、背側からしだいに前方へ伸びて胸腔を囲むようになりますが、その発達は一様ではなく、上部胸郭と下部胸郭で異なる特徴を示すことが分かりました。
また、胸郭の形は単に肋骨自身の成長だけで決まるのではなく、心臓や肝臓といった大きな内臓の位置や成長、胸骨形成、脊柱の後弯などの影響を受けながら形づくられていく可能性が示されました。
本研究成果は、2019年7月25日に公開されました。
研究の背景
胸郭は、心臓や肺などの重要な臓器を保護し、将来の呼吸運動の土台となる重要な構造です。
ヒトでは、12対の肋骨、胸椎、胸骨、肋軟骨などから成り立っています。
成人の胸郭では、上位7対の肋骨は胸骨と連結する真肋であり、下位の肋骨は仮肋あるいは浮遊肋として区別されます。
しかし、こうした違いが胚の時期にどのように生まれてくるのか、また胸郭全体がどのような順序で立体的に形成されるのかについては、これまで十分な三次元的解析がありませんでした。
さらに、胚期には心臓、肺、肝臓、胃、上肢、横隔膜など多くの構造が同時に大きく変化しており、胸郭形成はそれらと密接に関わっていると考えられます。
そこで本研究では、ヒト胚の胸郭形成を三次元的に可視化し、その形態変化を定量的に評価しました。
研究の方法

本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているCS17〜CS23のヒト胚34例を対象に解析を行いました。
画像取得には、
- 位相差X線CT(PXCT)
- 7テスラMRI
を用い、肋骨と胸椎を三次元再構築しました。
各標本では、12対の肋骨それぞれについて、
- 肋骨先端
- 最外側点
- 脊柱起立筋付着部
- 椎体正中点
など、1対あたり7点、全体で84のランドマークを設定し、胸郭の立体座標を取得しました。
そのうえで、
- 胸郭の高さ・幅・深さ
- 各肋骨対の長さ
- 各肋骨対の幅
- 左右の肋骨先端間距離
- 肋骨の傾き
- 胸椎の後弯の程度
を定量的に計測しました。
さらに、心臓、肺、肝臓、胃などの臓器が、各肋骨のどの高さに位置するかも観察しました。
主な結果
1. 肋骨はCS17で認識され、背側から前方へ伸びて胸郭を作っていきました
CS17では、肋骨は軟骨として初めて明瞭に認識され、まだ体幹の背側に限局した比較的短い構造でした。
そこから発育が進むにつれて、肋骨は外側・前方へ伸長し、しだいに心臓や肝臓などの臓器を囲むようになっていきました。
つまり、胸郭は最初から胸の前面まで閉じた箱のような形ではなく、背側に開いた状態から徐々に前方へ伸びて形成されることが分かりました。
2. 胸郭はCS20ごろから、上部と下部で異なる発達パターンを示しました
発生初期には、すべての肋骨は比較的よく似た形をしていました。
しかし、CS20ごろ以降になると、胸郭の上部と下部で発達の違いが明瞭になりました。
上部胸郭では、肋骨の先端が正中に向かって内側へ伸び、左右が近づいていきました。
これに対して下部胸郭では、肋骨先端はより前外側方向へ伸びたままで、広く開いた状態が保たれていました。
このことから、胸郭の上部は胸骨形成を伴って閉じる方向に発達するのに対し、下部はより開いた構造を保ちながら成長することが分かりました。
3. 胸骨形成は、上位肋骨が“ファスナーのように”閉じていく過程としてみられました
特に印象的だったのは、第1〜第7肋骨の先端が発育とともに正中へ近づき、頭側から尾側へ順に閉じていく様子です。
この過程は、ちょうどファスナーを閉じるような動きとして観察されました。
CS21〜CS23では、上位肋骨の左右先端間距離が著しく短くなり、胸骨形成のための条件が整っていくことが定量的に示されました。

4. 胸郭の最大幅は、発生とともにより下方へ移っていきました
胸郭の最も幅広い部分は、初期には比較的上方にありましたが、発育が進むにつれてより尾側へ移動していきました。
具体的には、最大幅を示す位置は
- CS17では第5肋骨
- CS18では第6肋骨
- CS19では第7肋骨
- CS20〜22では第8肋骨
- CS23では第9肋骨
へと下がっていきました。
つまり、胸郭の横方向の膨らみの中心は、発生とともに下方へシフトしていくことが分かりました。
5. 胸郭の最大深さも、中部からやや下方に保たれていました
胸郭の前後方向の深さも発育に伴って増加しました。
初期には上部肋骨で深さがほぼ均一でしたが、発生が進むと胸郭中央部に深さのピークが形成されるようになりました。
最大深さを示したのは、
- CS20〜21では第7肋骨
- CS22〜23では第8肋骨
でした。
これは、胸郭が単純に全体として膨らむのではなく、中央からやや下方を中心に立体的な厚みを増していくことを意味しています。
6. 心臓と肝臓の位置は、胸郭形態の変化とよく対応していました
内臓との関係を調べると、心臓は一貫して胸郭の最大深さを与える肋骨の直下に位置していました。
一方、肝臓は胸郭の最大幅を与える肋骨の直下に位置していました。
このことから、胸郭の形は単に骨格自身の成長だけでなく、内部にある大きな臓器の位置や容積と密接に関係しながら形成されることが示唆されました。
7. 胚後期には胸椎の後弯が強くなっていました
胸椎のカーブをみると、CS17〜CS19では大きな変化はありませんでしたが、CS20以降に後弯が目立って増加しました。
つまり、胚後期には胸椎の後弯化が進み、それに伴って肋骨の向きや胸郭全体の立体配置も影響を受けていると考えられます。
この研究の意義
本研究は、ヒト胚の胸郭を84の三次元ランドマークによって定量的に解析し、その形成過程を詳細に示した研究です。
今回の成果から、
- 肋骨はCS17で出現し、背側から前方へ伸びること
- CS20ごろから上部と下部の胸郭に分化がみられること
- 上位肋骨は正中へ近づき、胸骨形成へ向かうこと
- 胸郭の最大幅・最大深さの位置が発生とともに下方へ移動すること
- これらの変化が、心臓や肝臓の位置、脊柱後弯、胸骨形成などと関係している可能性が高いこと
が明らかになりました。
これらの知見は、正常な胸郭形成の理解に重要であるだけでなく、肋骨異常や胸郭形成異常、さらには先天性疾患に伴う体幹形態異常を考えるうえでも重要な基礎資料になります。
今後の展望
今後は、胸郭形成と
- 胸骨の成長
- 横隔膜や腹壁筋の発達
- 心肺・肝臓などの臓器成長
- 先天異常症例との比較
をさらに詳しく解析することで、胸郭形成を制御する要因がより明確になると考えられます。
われわれの研究室では今後も、ヒト胚の体幹形成を三次元的・定量的に解析し、正常発生の理解と発生異常の解明につなげていきます。
論文情報
論文タイトル
Rib Cage Morphogenesis in the Human Embryo: A Detailed Three-Dimensional Analysis
著者
Kasumi Okuno, Koichi Ishizu, Jun Matsubayashi, Sena Fujii, Rino Sakamoto, Aoi Ishikawa, Shigehito Yamada, Akio Yoneyama, Tetsuya Takakuwa
公開日
2019年7月25日
DOI
https://doi.org/10.1002/ar.24226
ひとこと
胸郭は「肋骨が伸びてできる」と一言で言えそうですが、実際には、心臓や肝臓の位置、胸骨の形成、脊柱の曲がり方など、さまざまな要素と関わりながら立体的に形づくられていきます。
今回の研究では、胸郭が発生の途中で上部と下部に分かれた特徴を示しながら、少しずつ“臓器を包むかたち”へ整っていく様子がはっきり見えてきました。
こうした正常発生の詳細な理解は、胸郭や体幹の先天異常を考えるうえでも大切な基盤になると考えています。


