ヒトの気管支は、いつ「左右対称の基本型」を獲得するのか-哺乳類モデルに基づく三次元解析-
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ヒトの気管支は、いつ「左右対称の基本型」を獲得するのか-哺乳類モデルに基づく三次元解析-

藤井さんは、博士課程の研究で、ヒト胚の気管支樹に注目し、比較解剖学で提唱されてきた哺乳類共通の気管支分岐モデルが、ヒト胚にも当てはまるかどうかを検証しました。その結果、ヒト成人の気管支分岐の原型は、胚子期の段階ですでに形成されていることが明らかになりました。

気管支樹は、気管が左右の主気管支に分かれたあと、肺の中で三次元的に何度も枝分かれしてできる複雑な管状ネットワークです。ヒトの肺は、右肺が3葉、左肺が2葉と、見かけ上は左右非対称です。しかし比較解剖学では、左右の気管支にはより深いレベルでの対称性があると考えられてきました。とくに、Nakakukiらが提唱した哺乳類の基本モデルでは、気管支は背側系、外側系、腹側系、内側系という4つの系に分類でき、ヒトの気管支もこの枠組みで理解できる可能性があります。ただし、このモデルがヒト胚の発生過程そのものに当てはまるかどうかは、これまで十分には検証されていませんでした。

そこで本研究では、Carnegie stage 16〜23のヒト胚41例を対象に、位相コントラストX線CTを用いて気管支樹を高解像度で撮影し、三次元的に再構築しました。そのうえで、左右の主気管支から分岐する枝を、分岐位置と方向に基づいて**背側系(D)・外側系(L)・腹側系(V)・内側系(M)**に分類し、各枝が気管分岐部からどの位置で生じるかを定量的に測定しました。

その結果、ヒト胚の気管支樹は、左右両肺において、背側系と外側系が交互に並ぶ対称的な基本パターンを示すことが分かりました。この基本形は、少なくとも区域気管支B9あるいはB10の亜区域枝に相当するレベルまで共通して認められました。一方、それより末梢側では個体差が大きく、共通した分岐構造は認められませんでした。

さらに、各ラベル付き気管支について、気管分岐部から分岐点までの長さを左右で比較したところ、すべての枝で発生に伴って長さは伸びていく一方、同じラベルをもつ右枝と左枝の長さ比は、ほぼ1.0で一定でした。これは、左右の相同な気管支が、成長に伴ってほぼ同じ比率を保ちながら伸長することを示しています。

特に興味深いのは、右中葉気管支と左上葉気管支の対応関係です。成人肺では左肺上葉の解釈をめぐって古くから議論がありましたが、本研究では、この両者の長さ比もほぼ一定で、左上葉気管支が右中葉気管支に対応するという比較解剖学的考え方を支持する結果が得られました。

この研究のポイント

  • ヒト胚41例の気管支樹を三次元再構築し、哺乳類モデルに基づいて分岐を分類しました。
  • 背側系と外側系が交互に並ぶ左右対称の基本パターンが、胚子期にすでに形成されていました。
  • 区域気管支B9〜B10亜区域枝までは共通性が高く、それより末梢では個体差が大きいことが分かりました。

今回の研究は、ヒト気管支樹の発生を、比較解剖学的モデルと直接対応づけて検証した点で大きな意義があります。右肺3葉・左肺2葉という外見上の非対称性がある一方で、より深い分岐構造では、左右に共通する基本設計が胚子期から存在することが示されました。

また、本研究は、気管支分岐のどこまでが遺伝的に強く規定された形で、どこから先が環境や局所条件の影響を受けやすい可変的な領域なのかを考えるうえでも重要です。今回の結果から、すべての葉気管支、B6、B8、B9、およびB10の亜区域枝までは比較的安定した原型をもち、これより末梢の枝形成は個体差が大きいことが示されました。これは、気管支の中枢側と末梢側で、形態形成の制御原理が異なる可能性を示唆しています。

こうした知見は、正常な肺発生の理解に加えて、先天性気道異常や分岐異常の成り立ちを考えるうえでも重要です。今後は、肺動脈や周囲組織との関係、さらには遺伝的背景との関連も解析することで、気管支樹形成の仕組みをさらに深く理解できると期待されます。

本研究成果は、2023年8月21日Journal of Anatomy 誌にオンライン掲載されました。


論文情報

タイトル
Bronchial tree of the human embryo: Examination based on a mammalian model

著者
Sena Fujii, Taiga Muranaka, Jun Matsubayashi, Shigehito Yamada, Akio Yoneyama, Tetsuya Takakuwa

掲載誌
Journal of Anatomy

公開日
2023年8月21日

DOI
https://doi.org/10.1111/joa.13946


ひとこと紹介

ヒトの気管支は外見上は左右非対称に見えますが、胚子期にはすでに、哺乳類に共通する左右対称の基本分岐パターンが形成されています。本研究では、その原型を三次元画像解析によって明らかにしました。