二次口蓋はどのような形の変化を経て閉鎖するのか-口蓋棚挙上前の「接近期」を初めて定量的に抽出-
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二次口蓋はどのような形の変化を経て閉鎖するのか-口蓋棚挙上前の「接近期」を初めて定量的に抽出-

私たちの研究室では、ヒト発生の過程で顔面や口腔・鼻腔がどのように立体的に形づくられ、先天異常がどの段階で生じうるのかを、高解像度画像と三次元解析によって調べています。今回、野原葵さんを中心とする研究グループは、ヒト二次口蓋の形成過程に注目し、口蓋棚の挙上・接触・癒合に至るまでの複雑な三次元形態変化を、定量的に明らかにしました。

二次口蓋は、口腔と鼻腔を分ける重要な構造で、摂食、呼吸、発声といった基本的な機能に欠かせません。この形成がうまく進まないと、口蓋裂などの先天異常が生じます。とくに、左右の口蓋棚が垂直位から水平位へ急速に持ち上がる「挙上」、その後に接触し、癒合する過程は、二次口蓋形成の核心となる現象です。しかし、その直前に口腔・鼻腔内の各構造がどのように位置や形を変え、急激な挙上を可能にしているのかについては、十分な定量解析がありませんでした。

そこで本研究では、Carnegie stage 21〜23のヒト胚19例と、胎児初期3例の計22例を対象に、位相コントラストX線CTおよび7テスラMRIを用いて口鼻腔構造を撮像し、上顎、口蓋、翼突鈎、舌、メッケル軟骨、鼻腔、咽頭腔、鼻中隔を三次元的に再構築しました。さらに、これらの構造に70個のランドマークを設定し、Procrustes解析と**主成分分析(PCA)**を用いて、サイズの違いを除いた形の変化を抽出しました。

その結果、発生段階ごとの形態には明確な違いが認められました。CS21およびCS22の全例、さらにCS23の3例では、口蓋棚はまだ挙上していませんでした。一方、CS23の1例では、口蓋棚は挙上していたものの、まだ接触していませんでした。さらに、残るCS23の4例胎児初期の全3例では、口蓋棚は挙上し、すでに癒合していました。つまり、ヒトではCS23の中に、未挙上、挙上未接触、挙上癒合済みという異なる状態が共存しており、この時期に急速な変化が起きていることが分かります。

主成分分析では、**PC1が全変化の67.4%**を説明し、口蓋棚挙上の前後を分ける主要な変化を表していました。PC1が負の群にはCS21、CS22、および未挙上のCS23が含まれ、PC1が正の群には、挙上後のCS23と胎児初期標本が含まれました。つまり、PC1は口蓋棚がまだ下方にある状態から、水平化して接触・癒合する状態への大きな形態転換を示していました。

一方で、興味深いことに、PC1の変化が一時的に不自然に遅くなり、止まるようにみえる時期がありました。それがCS22からCS23前半に相当する期間で、本研究ではこの時期を**「接近期(approach period)」**と定義しました。この時期、まだ口蓋棚は挙上していないにもかかわらず、口腔・鼻腔内では重要な再配置が進行していました。

この「接近期」の特徴を抽出したのがPC2です。PC2の変化からは、舌とメッケル軟骨からなる下顎側の構造と、口蓋棚や鼻腔からなる上顎側の構造が、互いの前後的位置を大きく変えないまま、前後方向に圧縮されるように接近していることが示されました。具体的には、舌は厚く湾曲した形から、より折れ曲がった高い位置へ移り口蓋棚は内側・下方へ張り出しながら舌に近づきます。このとき、舌の先端は口蓋に非常に近い高さまで持ち上がり、メッケル軟骨先端は上方へ巻き上がるような形を示しました。

その後、口蓋棚が実際に挙上する段階では、PC1の変化として、舌とメッケル軟骨が上顎構造に対して相対的に前方へ突出し、舌はより平坦で前後に長い形となり、口蓋棚は舌の上方へ回り込んで水平位をとることが示されました。結果として、口蓋棚と舌のあいだに明瞭な空間が生じ、後方には咽頭腔の広がりも形成されます。

この研究のポイント

  • ヒト二次口蓋形成を、22標本・70ランドマークによる三次元形態計測で定量解析しました。
  • 口蓋棚挙上の直前に、形態変化が一時的に集約する「接近期(approach period)」を初めて抽出しました。
  • メッケル軟骨と舌の再配置が、口蓋棚挙上を可能にする重要な要因であることが示唆されました。

今回の研究は、二次口蓋形成を、単に「口蓋棚が上がる/上がらない」という現象としてではなく、その直前に起こる全体的な立体配置の変化として捉えた点に大きな意義があります。特に、口蓋棚挙上前の「接近期」は、従来の記載的研究では明確に定義されていなかった段階であり、本研究によって初めて定量的に抽出されました。

また、形態計測の結果から、メッケル軟骨の成長が舌の位置変化に能動的に関与し、それが口蓋棚挙上を助けている可能性が示されました。舌は前方ではメッケル軟骨、下方では舌骨系と筋によってつながっているため、下顎側の成長が舌の再配置を通じて口蓋閉鎖に影響する、という発生学的なシナリオが考えられます。

こうした知見は、正常な二次口蓋形成の理解に加えて、口蓋裂の成因解明にも重要です。とくに、口蓋棚自体の異常だけでなく、舌や下顎の成長不全、メッケル軟骨の発達異常が口蓋裂形成にどう関与するかを考えるうえで、貴重な基礎データとなります。

今後は、より多くの標本を用いた詳細解析や、性差・他部位との成長関係の検討によって、ヒト二次口蓋形成の時空間的メカニズムがさらに明らかになることが期待されます。

本研究成果は、2022年8月19日Journal of Anatomy 誌にオンライン掲載されました。


論文情報

タイトル
Morphometric analysis of secondary palate development in human embryos

著者
Aoi Nohara, Natsumi Owaki, Jun Matsubayashi, Motoki Katsube, Hirohiko Imai, Akio Yoneyama, Shigehito Yamada, Toru Kanahashi, Tetsuya Takakuwa

掲載誌
Journal of Anatomy

公開日
2022年8月19日

DOI
https://doi.org/10.1111/joa.13745


ひとこと紹介

ヒト二次口蓋の閉鎖は、口蓋棚が突然持ち上がるだけではなく、その直前に舌・下顎・口蓋棚が密接に再配置される段階を経て進みます。本研究は、その「接近期」を三次元形態解析で初めて明らかにしました。