ヒト胎児初期の脳は、どのように形づくられていくのか-胎児初期脳の形態変化と成長過程-
ヒトの**胎児初期(受精後9〜13週ごろ)**の脳について、高解像度MRIを用いた三次元解析を行い、脳全体および各部位がどのように成長し、形を変えていくのかを詳しく明らかにしました。
その結果、この時期の脳は単に大きくなるだけではなく、大脳半球の急速な拡大、脳室や脈絡叢の変化、脳幹や小脳の形態変化など、部位ごとに異なる速度と様式で発達していくことが分かりました。
本研究成果は、2021年3月23日に公開されました。
研究の背景
ヒトの脳は、胚期から胎児期にかけて非常に大きく形を変えながら発達します。
とくに**胎児初期(9〜13週)**は、大脳半球が急速に拡大し、脳の外形も内部構造も大きく変化する重要な時期です。
一方で、この時期には胚期のような詳細な発生段階分類が十分に整備されておらず、また従来の研究の多くは肉眼観察や組織切片に基づくものでした。
そのため、胎児初期脳の三次元的な形態変化や定量的な成長過程については、まだ十分に分かっていませんでした。
そこで本研究では、京都大学が所蔵するヒト胚・胎児標本のMRIデータを用いて、胎児初期脳の外形と内部構造を立体的に再構築し、形態学的・計測学的に検討しました。
研究の方法

本研究では、京都コレクションに保存されているヒト胚・胎児標本21例を対象に、7テスラMRIで高解像度のT1強調画像を取得しました。
解析対象には、
- 胚後期(CS22〜23)
- 胎児初期前半
- 胎児初期中期
- 胎児初期後半
- 胎児中期初め
の標本が含まれています。
これらの画像から、
- 大脳
- 間脳
- 中脳
- 後脳
- 小脳
- 脳室
- 脈絡叢
などを三次元再構築し、体積、長さ、幅、角度などを測定しました。
さらに、MRI断面像を用いて、大脳皮質、基底核、視床、脳梁、小脳などの内部構造の出現時期や形態変化も評価しました。
主な結果
1. 胎児初期の脳は一様に発達するのではなく、部位ごとに異なる変化を示しました
解析の結果、胎児初期の脳は単純に比例拡大するのではなく、部位ごとに異なる発達の仕方を示すことが分かりました。
とくに大脳半球はこの時期に急速に拡大し、脳幹や間脳を次第に覆うようになりました。
大脳の外形では、前頭極と側頭極が近づき、島皮質(insula)が次第に深く埋もれていく様子が確認されました。
このことから、胎児初期は脳全体のなかでも、大脳の成長がとくに際立つ時期であることが分かります。
2. 大脳半球の成長にともなって、脳の「C字型」が進みました
外形の計測では、大脳の長さと高さの比や、大脳の向きを示す角度を評価しました。
その結果、大脳は成長とともにより長く、よりC字型に湾曲した形へと変化していくことが分かりました。
とくに、研究で設定した「標準線」に対する大脳の角度は、胎児初期の進行に伴って大きく変化しており、これは大脳半球の前後方向への成長と湾曲形成を反映していると考えられます。
この指標は、将来的に胎児初期脳の発達段階を細かく分けるための手がかりになる可能性があります。
3. 脳室と脈絡叢も大きく変化していました
側脳室は、発生初期には比較的大きな空間として存在していましたが、大脳実質の急速な成長に伴い、大脳に対する相対的な割合は次第に低下しました。
また、脈絡叢は時期によって大きさや分布が変化し、初期には側脳室のかなりの部分を占めるようになる時期がありました。
三次元再構築により、脈絡叢の分布が脳室全体で一様ではなく、部位によって偏りがあることも分かりました。
4. MRIで、胎児初期脳の内部構造を詳細に捉えることができました

MRI断面像では、胎児初期の脳におけるさまざまな重要構造が確認されました。
たとえば、
- 大脳皮質の層構造
- 脳室帯・脳室下帯
- ganglionic eminence
- 基底核
- 視床
- 脳梁
- 小脳の裂溝形成
などです。
特に、脳梁はCRL 62 mmの標本で初めて確認されました。
また、**帯状溝(cingulate sulcus)**のような初期の脳回形成も、より大きな標本で観察されました。
これは、MRIが胎児初期脳の外形だけでなく、内部の発生学的ランドマークの出現時期を追ううえでも有用であることを示しています。
5. 小脳もこの時期に大きく形を変えていました
小脳では、左右半球の癒合、虫部の形成、後外側裂や一次裂の出現など、特徴的な形態変化が順を追って現れることが確認されました。
また、小脳の高さや長さ、幅の計測からも、小脳がこの時期に急速かつ特徴的に成長していることが分かりました。
大脳だけでなく、小脳や脳幹も、胎児初期にそれぞれ独自のテンポで発達していることが示されました。
この研究の意義
本研究は、ヒト胎児初期脳について、高解像度MRIを用いて三次元的かつ定量的に解析した研究です。
今回の成果から、
- 胎児初期脳は形態的にも計測学的にも一様ではない
- 大脳は急速に拡大し、C字型形成が進む
- 側脳室や脈絡叢は、脳実質の成長とともに相対的な関係を変えていく
- 脳梁や帯状溝、小脳裂など、重要な発生学的ランドマークがこの時期に順次出現する
ことが明らかになりました。
また、大脳の比率や角度の変化など、胎児初期脳をさらに細かく発達段階に分けるための候補指標も示されました。
これは、ヒト脳発生の正常過程を理解するうえで重要であるだけでなく、将来的には発生異常や脳損傷の早期評価にもつながる基礎資料になると期待されます。
今後の展望
今回の研究では、胎児初期脳の形態変化を広く捉えることができましたが、今後はさらに標本数を増やし、より高精細な画像や他の解析手法と組み合わせることで、胎児初期脳の発生段階分類をより明確にできると考えられます。
また、MRIで得られる形態情報を、機能成熟や神経回路形成と関連づけていくことで、ヒト脳発生の理解はさらに深まります。
われわれの研究室では今後も、ヒト発生脳の三次元形態解析を通じて、正常発生と発生異常の理解に貢献していきます。
論文情報
論文タイトル
Morphology and morphometry of the human early foetal brain: A three-dimensional analysis
著者
Tetsuya Takakuwa, Naoki Shiraishi, Mei Terashima, Miki Yamanaka, Ikue Okamoto, Hirohiko Imai, Koichi Ishizu, Shigehito Yamada, Aoi Ishikawa, Toru Kanahashi
公開日
2021年3月23日
DOI
https://doi.org/10.1111/joa.13433
ひとこと
胎児初期の脳は、まだ小さくても、その中ではすでに非常にダイナミックな変化が起きています。
今回の研究では、大脳が急速に広がり、脳梁や脳溝、小脳の裂など、重要な構造が次々に現れてくる様子を三次元的に追うことができました。
ヒト脳の「かたち」がどのようにつくられていくのかを知ることは、正常発生の理解だけでなく、将来の診断や病態理解にもつながる重要な基礎研究だと考えています。

