ヒトの肩甲帯は、どのように形づくられ、位置を変えるのか
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ヒトの肩甲帯は、どのように形づくられ、位置を変えるのか

田中さん、坂本さんは卒業研究で、ヒトの肩甲帯、すなわち鎖骨肩甲骨が、胚期から胎児期にかけてどのように形成され、体幹に対してどのような位置関係をとるのかを、位相差X線CTMRIを用いた三次元解析によって明らかにしました。
その結果、肩甲骨は発生初期には内旋し、上向きに回旋した独特の配置をとり、その後、胎児期に向かって体幹のより外側に位置するようになることが分かりました。
また、肩甲骨は「下へ下降する」というより、下方へ向かって大きく成長することで成人に近い軸位を獲得していくことが示されました。

本研究成果は、2020年9月11日に PLOS ONE 誌に掲載されました。


研究の背景

肩甲帯は、上肢を体幹につなぐ重要な構造であり、鎖骨肩甲骨から成ります。
成人では、鎖骨は胸郭の前上方を斜めに走り、肩甲骨は背側に位置して、脊柱とほぼ平行に近い向きで広がっています。

しかし、発生初期のヒトで、肩甲帯全体がどのような三次元配置をとっているのかについては、意外に詳しい情報が限られていました。
特に、これまでよく知られていたのは肩甲骨の高さ(軸位)に関する情報が中心で、鎖骨と肩甲骨をまとめた肩甲帯全体の位置や向きの変化は十分には解析されていませんでした。

肩甲帯の位置や向きは、上肢の姿勢や運動機能だけでなく、Sprengel変形のような先天異常の理解や、出生時の肩幅、さらには分娩との関係を考えるうえでも重要です。
そこで本研究では、胚期から胎児期までのヒト標本を用いて、肩甲帯の形成と位置変化を三次元的に詳しく解析しました。


研究の方法

本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているヒト胚・胎児標本36例を対象に解析を行いました。
内訳は、

  • 胚標本23例(CS16〜CS23)
  • 胎児標本13例(CRL 29.8〜225 mm)

です。

画像取得には、

  • 位相差X線CT
    胚期の小さな標本を高解像度で観察
  • MRI
    胎児期の比較的大きな標本を観察

を用いました。

その後、鎖骨肩甲骨を三次元再構築し、

  • 各骨の長さ
  • 肩甲骨・鎖骨の幅
  • 関節や骨のランドマークの位置
  • 体幹軸に対する角度
  • 肩甲帯全体の配置

を計測しました。


主な結果

1. 肩甲骨はCS18で明瞭になり、発生とともに成人に近い形へ整っていきました

解析の結果、肩甲骨本体CS18で、烏口突起や上腕骨頭とともに初めて明瞭に確認されました。
この段階では、肩甲骨体と烏口突起のつながりはまだはっきりしない例もありました。

その後、発育が進むにつれて、

  • 肩甲骨体は三角形に近い形になり
  • 肩峰烏口突起がより明瞭になり
  • 胎児期には肩甲棘の形成や骨化も進む

ことが分かりました。

つまり、肩甲骨は発生初期にはまだ未熟な輪郭ですが、胚後期から胎児期にかけて、成人の肩甲骨に近い外形が段階的に整っていくことが示されました。

2. 鎖骨は比較的早い段階から形成され、位置も大きく変わりませんでした

鎖骨はCS19で明瞭に観察され、早い段階から長い骨性構造として認められました。
また、肩甲骨に比べると、鎖骨の位置関係は発生を通じて比較的一定でした。

これは、肩甲帯全体の配置変化のなかで、大きく動くのは主として肩甲骨側であることを示しています。

3. 肩甲骨は「下降する」のではなく、下方へ成長していくことが分かりました

従来、発生の過程で肩甲骨が高位から「下降する」と説明されることがありました。
しかし本研究では、肩甲骨の複数のランドマークを三次元的に追跡することで、少し異なる像が見えてきました。

具体的には、

  • 上角
  • 関節窩
  • 肩鎖関節部
  • 胸鎖関節部

などの位置は、発生を通じて大きく下がるわけではなく、比較的一定の軸位に保たれていました。
一方で、下角だけが発育に伴ってより尾側へ位置するようになっていました。

これは、肩甲骨全体が下へ移動しているのではなく、肩甲骨が尾側方向へ大きくなっていくことで、結果として成人に近い位置関係が形成されることを意味しています。

4. 発生初期の肩甲骨は、内旋・上方回旋した独特の向きをとっていました

三次元再構築から、発生初期の肩甲骨は、成人と比べて

  • より内旋している
  • より上向きに回旋している
  • 左右の肩甲骨体がほぼ平行に近い

という特徴的な配置を示していました。

この向きは発育とともに変化し、胎児期には体幹に対する位置や角度が徐々に成人型へ近づいていきました。
ただし、胎児期の段階でも、完全に成人と同じ向きではありませんでした。

5. 肩甲帯全体は、体幹の前方から外側へと位置を変えていきました

発生初期には、肩甲帯は脊柱に対してより前方(腹側)に位置していました。
その後、胚後期から胎児期にかけて、肩甲帯は体幹のより外側
へ位置を移していきました。

つまり、肩甲帯は単に大きくなるだけでなく、体幹との相対的位置も大きく変化しており、この変化が発生段階ごとの上肢の姿勢にも関わっていると考えられます。

6. 肩幅と頭幅は、発育の中でほぼ並行して増加していました

肩甲帯の幅、たとえば左右の肩峰間距離肩鎖関節間距離などは、胎児の成長に伴って直線的に増加していました。
興味深いことに、これらの値は**頭幅(biparietal diameter)**とほぼ同じような傾きで増加していました。

これは、発生中の肩幅と頭幅が、ある程度バランスを保ちながら成長していることを示しています。
また、肩甲骨の内旋や上方回旋は、肩幅を相対的に小さく保ち、出生時に有利に働く可能性も考えられます。


この研究の意義

本研究は、ヒトの肩甲帯について、鎖骨と肩甲骨を含めた三次元的な形成と配置変化を、胚期から胎児期にわたって解析した研究です。

今回の成果から、

  • 肩甲骨はCS18ごろから明瞭に形成されること
  • 鎖骨の位置は比較的安定している一方で、肩甲骨は大きく向きと位置を変えること
  • 肩甲骨は下降するというより、尾側方向へ成長することで成人に近い軸位を獲得すること
  • 発生初期には肩甲骨が内旋・上方回旋した独特の姿勢をとること
  • 肩甲帯全体が、体幹の腹側から外側へと位置を変えること

が明らかになりました。

これらは、正常な肩甲帯発生の理解に役立つだけでなく、Sprengel変形上腕神経叢麻痺に伴う肩甲骨変形など、肩甲帯の位置異常や形態異常を考える際の基礎資料としても重要です。


今後の展望

今回の研究では、肩甲帯の骨格配置に焦点を当てましたが、今後はさらに、

  • 周囲筋の発達との関係
  • 上肢姿勢との連動
  • 出生後の変化との連続性
  • 先天異常症例との比較

などを進めることで、肩甲帯発生の理解はさらに深まると考えられます。

われわれの研究室では今後も、三次元画像解析を通じて、ヒトの運動器発生を立体的かつ機能的な視点から明らかにしていきます。


論文情報

論文タイトル
Shoulder girdle formation and positioning during embryonic and early fetal human development

著者
Sayaka Tanaka, Rino Sakamoto, Toru Kanahashi, Shigehito Yamada, Hirohiko Imai, Akio Yoneyama, Tetsuya Takakuwa

掲載誌
PLOS ONE

公開日
2020年9月11日

DOI
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0238225


ひとこと

肩甲骨は「高い位置から下がってくる」と説明されることがありますが、今回の研究では、実際には少し違う姿が見えてきました。
肩甲骨は大きく位置を変えるというより、向きを変えながら下方へ成長し、全体として成人らしい配置に近づいていくようです。
こうした立体的な発生の理解は、正常な運動器形成を知るうえでも、肩周囲の先天異常を理解するうえでも、大切な基礎になると考えています。