気管支分岐の「個人差」は、いつ生まれるのか-気管支区域の分岐バリエーションを解析-
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気管支分岐の「個人差」は、いつ生まれるのか-気管支区域の分岐バリエーションを解析-

藤井さんは博士研究で、ヒト胚の気管支樹を三次元的に再構築し、気管支区域の分岐バリエーションが発生のどの段階で現れるのかを詳しく調べました。
その結果、気管や肺葉気管支の基本構造は胚期を通じて非常に一定である一方、区域気管支レベルの分岐の違いは胚期の後半にはすでに現れていることが分かりました。
さらに、こうしたバリエーションの多くは、成人肺で知られている分岐パターンと一致しており、気管支の個人差が胚期の段階で成立し、そのまま一生を通じて保たれる可能性が示されました。
<博士審査会の概要>

<修士論文(村中)の概要>

本研究成果は、2020年4月13日に公開されました。


研究の背景

ヒトの気管支樹は、気管から主気管支、肺葉気管支、区域気管支、亜区域気管支へと枝分かれしながら形成されます。
成人肺では、このうち区域気管支レベルにさまざまな分岐バリエーションが存在することが知られており、画像診断や手術解剖のうえでも重要です。

また近年では、こうした中枢気道の分岐の違いが、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などと関連する可能性も指摘されています。
しかし、これらのバリエーションがいつ発生するのか
、つまり胎児期以降に変化して生じるのか、それとも胚期の早い段階で基本形が決まるのかについては、十分に分かっていませんでした。

そこで本研究では、ヒト胚期の気管支樹を段階ごとに三次元解析し、形づくられていく過程と、分岐の個体差が現れるタイミングを明らかにすることを目指しました。


研究の方法

本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているCS15〜CS23のヒト胚48例を対象に解析を行いました。

各標本について、位相差X線CTを用いて高解像度画像を取得し、そこから気管支樹全体を三次元再構築しました。
さらに、各枝の中心線を計算し、枝分かれの世代や本数を定量的に評価しました。

また、CS15〜CS19の標本については、気管支の発達状態に応じて以下の5つの形態段階に分類しました。

  • Phase 1:主気管支のみ
  • Phase 2:肺葉気管支の膨隆が出現
  • Phase 3:5つの肺葉気管支が出そろう
  • Phase 4:区域気管支が出現
  • Phase 5:亜区域気管支が出現

この分類をもとに、気管支の形成順序と個体差を詳しく調べました。


主な結果

1. 気管と肺葉気管支の基本構造は、胚期を通じて非常に一定でした

解析の結果、気管から肺葉気管支までの構造には、観察した標本のあいだでほとんど個体差がありませんでした。
つまり、ヒト胚の気管支樹の基本骨格は、非常に安定して形成されることが分かりました。

また、異常な位置から枝が出るような、たとえば気管気管支のような明らかな異常分岐は、この時期の標本では認められませんでした。

2. 肺葉気管支は同時にではなく、順番に形成されていました

これまで、肺葉気管支はほぼ同時に形成されると考えられることもありました。
しかし本研究では、右中葉気管支左上葉気管支が先に現れ、その後に右上葉気管支が出現することが示されました。

このことから、左右の気管支樹は初期には比較的対称的ですが、右上葉気管支のやや遅れた形成によって、ヒト肺に特徴的な左右非対称の構造が生まれていくと考えられます。

3. 区域気管支以降の形成速度には、個体差がありました

区域気管支や亜区域気管支が現れる時期は、Carnegie stageが進むにつれて全体として増えていきましたが、同じステージの標本同士でも発達速度に差がみられました。

特にCS17以降では、ある標本ではすでに区域気管支や亜区域気管支が明瞭に形成されている一方、別の標本ではまだ初期段階にとどまっていることがありました。
このことは、Carnegie stageだけでは気管支発生の進み具合を完全には表せないことを示しています。

4. 葉ごとに枝分かれの進み方が異なっていました

各肺葉の末端枝の世代数を比較すると、肺葉ごとに分岐の進み方が異なることが分かりました。

具体的には、

  • 右中葉では枝分かれ世代数が比較的少ない
  • 右下葉では右上葉より有意に多い
  • 左下葉も右上葉より進んでいる

という傾向がみられました。

つまり、ヒトの気管支樹は肺全体で一様に枝分かれするのではなく、肺葉ごとに異なるテンポで複雑化していくことが示されました。

5. 区域気管支の分岐バリエーションは、胚期の時点ですでに存在していました

本研究で特に重要だったのは、区域気管支のバリエーションがCS20〜CS23にはすでに確認されたことです。

合計で14種類の分岐バリエーションが認められ、これは

  • 右上葉
  • 右中葉
  • 右下葉
  • 左上葉
  • 左下葉

のそれぞれで観察されました。

たとえば、

  • 右上葉気管支の二分岐・三分岐・四分岐
  • 右中葉のB4/B5の分岐方向の違い
  • 右下葉でのB7欠如
  • 左上葉の舌区枝の三分岐
  • 左下葉でのB*に相当する枝の存在

などが見られました。

そして重要なのは、これらのパターンがすべて成人肺で報告されているバリエーションに対応していたことです。

6. 成人で知られる臨床的に重要な変異も、胚期から存在していました

今回見つかったバリエーションの中には、成人の研究でCOPDとの関連が指摘されているものも含まれていました。
たとえば、右下葉のB7欠如や、B*に相当する副次的な枝などです。

これは、気管支樹の個人差が、出生後に二次的に生じるのではなく、胚期の発生過程で形成され、その後も保持される可能性を示しています。


この研究の意義

本研究は、ヒト胚の気管支樹について、各Carnegie stageごとに三次元再構築を行い、分岐形成とそのバリエーションを解析した研究です。

今回の成果から、

  • 気管から肺葉気管支までの基本構造は非常に安定していること
  • 肺葉気管支は順番に形成され、左右非対称が生じること
  • 区域気管支以降の発達速度には個体差があること
  • 葉ごとに枝分かれの進行度が異なること
  • 成人肺で知られる区域気管支のバリエーションは、胚期の時点ですでに成立していること

が明らかになりました。

これらの結果は、ヒト気管支樹の「標準的な構造」と「個人差」が、発生のかなり早い段階で形づくられることを示しています。
また、正常発生の理解だけでなく、将来的には先天的な気道形態の違い呼吸器疾患の素因を考えるうえでも重要な基礎資料になると期待されます。


今後の展望

今回の研究では、主に中枢寄りの気管支分岐を対象にしましたが、今後はさらに末梢気道や肺血管系との関係も含めて解析することで、肺の立体形成の全体像がより明らかになると考えられます。

また、気管支のバリエーションがどのような発生メカニズムで生じるのか、あるいはそれが将来の肺機能や病態とどう関わるのかを明らかにすることも今後の課題です。
われわれの研究室では今後も、ヒト胚肺の三次元形態解析を通じて、呼吸器発生の基本原理を解き明かしていきます。


論文情報

論文タイトル
The bronchial tree of the human embryo: an analysis of variations in the bronchial segments

著者
Sena Fujii, Taiga Muranaka, Jun Matsubayashi, Shigehito Yamada, Akio Yoneyama, Tetsuya Takakuwa

公開日
2020年4月13日

DOI
https://doi.org/10.1111/joa.13199


ひとこと

成人では「よくある気管支の分かれ方の違い」として知られている形が、実は胚の時期からすでにできている――。
今回の研究は、そんなヒト肺発生の早い段階にある“個人差のはじまり”を見せてくれました。
正常な分岐のルールと、その中で生まれるバリエーションを理解することは、肺の発生を知るうえでも、将来の病態を考えるうえでも大切だと考えています。