頸部の一過性腫脹と頸静脈リンパ嚢の発達
大賀さんは卒業研究で、ヒト胚でCarnegie stage 21前後にみられることのある頸部のふくらみ(vesicular swelling in the cervical region: VSC)について、その成り立ちを明らかにするため、頸静脈リンパ嚢(jugular lymph sac: JLS)との関係を解析しました。
その結果、VSCは主に皮下浮腫と、場合によってはくも膜下腔の拡大によって生じており、同じ時期にJLSが急速に大きくなることが分かりました。
JLSそのものが直接皮下と交通しているわけではありませんが、頸部のリンパ系が大きく変化する時期の動態が、VSCの形成に関与している可能性が示されました。
本研究成果は、2019年5月18日に公開されました。 *同号の表紙にも採用されました。
研究の背景
ヒト胚では、発生のある時期に首の後ろから側頸部にかけて一時的なふくらみがみられることがあります。
京都大学の胚標本コレクションでも、CS21前後の標本でしばしば観察されてきました。
この所見は、以前にはnuchal blebと呼ばれることもありましたが、現在では病的な嚢胞性リンパ管腫との混同を避けるため、本研究ではVSCという用語が用いられています。
こうした頸部腫脹は、その後正常に発育する胚にもみられる一方で、頭頸部や中枢神経系の異常と関連することもあり、その意味づけは簡単ではありません。
また、胎児診断で知られるnuchal translucency(NT)や、より重い頸部腫脹であるcystic hygromaでは、リンパ系の発達異常が関係すると考えられています。
そこで本研究では、胚期の頸部腫脹と、頸部リンパ系の原基である頸静脈リンパ嚢との関係に着目しました。
研究の方法

本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているCS20およびCS21のヒト胚14例を対象に解析を行いました。
標本のCRLは16.5〜24.1 mmでした。
各標本について、連続組織切片をデジタル化し、
- 頸静脈リンパ嚢(JLS)
- 頸静脈
- 喉頭・舌骨周囲の構造
- 皮下組織
- くも膜下腔
などを三次元再構築しました。
また、頸部腫脹の程度を評価するために、再構成画像上でVSCの深さを測定し、それを
- 皮下組織の厚み(SCd)
- くも膜下腔の厚み(SAd)
に分けて解析しました。
さらに、JLSの体積や位置を測定し、VSCとの関係を検討しました。
主な結果
1. 頸部のふくらみは、主に皮下浮腫によって生じていました
解析の結果、外から観察できるVSCがある標本では、VSCの深さが大きく、特に多くの例で皮下組織の厚みの増加が目立っていました。
つまり、VSCの主な実体は皮下浮腫であることが確認されました。
一方で、一部の標本ではくも膜下腔の拡大も寄与しており、VSCは単一の原因だけでは説明できないことも分かりました。
つまり、頸部のふくらみには少なくとも
- 皮下の液体貯留
- くも膜下腔の拡大
という2つの要素が関わる可能性があります。
2. 頸静脈リンパ嚢は、CS20からCS21にかけて急速に大きくなっていました
三次元再構築の結果、JLSは左右一対で、第1〜第4頸椎レベルに位置していました。
その形はピラミッド状で、頸静脈の近くに存在していました。
体積を測定すると、JLSはCS20からCS21にかけて約9倍に増加していました。
これは、この時期が頸部リンパ系にとって非常にダイナミックな発達段階であることを示しています。
3. JLSはVSCのある胚でもない胚でもみられ、直接皮下とつながってはいませんでした
重要な点として、JLSはVSCがある胚でも、外見上VSCがない胚でも認められました。
また、JLSは皮下組織やくも膜下腔と直接交通しているわけではありませんでした。
さらに、JLSの平均体積自体は、VSCのある群とない群で大きくは変わりませんでした。
つまり、「大きなJLSがそのまま直接ふくらみをつくっている」という単純な構図ではないことが分かりました。
4. それでも、VSCの深さとJLS体積には一定の関連がみられました
JLS体積の群間差は明瞭ではなかったものの、各標本を個別にみると、VSCが深いほどJLS体積も大きい傾向がみられました。
CS20でもCS21でも、両者の間には中等度の相関が認められました。
このことから、JLSそのものが直接ふくらみの中身になっているわけではなくても、頸部リンパ系の急速な発達やリンパ液動態の変化が、頸部浮腫の形成に関与している可能性が考えられます。
5. 明らかな頭蓋・心臓・大血管異常は見つかりませんでした
組織切片を詳細に観察しても、VSCを直接説明できるような明らかな頭蓋内異常、心奇形、大血管異常は確認されませんでした。
つまり、本研究の対象となったVSCの多くは、少なくとも明白な重篤奇形による二次的な所見ではなさそうでした。
この研究の意義

本研究は、ヒト胚でみられる頸部の一過性腫脹について、その実体とリンパ系発達との関係を三次元的に検討した研究です。
今回の成果から、
- VSCは主に皮下浮腫によって生じること
- 一部ではくも膜下腔の拡大も関与すること
- JLSはCS20〜21で急速に発達すること
- JLSはVSCと直接つながってはいないが、その発達動態がVSC形成に関連する可能性があること
が明らかになりました。
これらの知見は、胚期の頸部腫脹が、すべて直ちに異常を意味するわけではなく、正常発生のダイナミックな液体環境の変化の一部として現れる可能性を示唆しています。
一方で、病的な頸部腫脹との違いを理解するためにも、正常発生のデータを蓄積することは重要です。
今後の展望
今回の研究では、CS20〜21の標本を対象にしましたが、今後はさらにCS22以降の標本も解析し、VSCがその後どのように変化・消失していくのかを追う必要があります。
また、MRIや位相差X線CTなど、より大きな標本にも適用できる画像法を用いれば、頸部の液体動態やリンパ系発生をより連続的に理解できると考えられます。
われわれの研究室では今後も、ヒト胚におけるリンパ系形成や体液環境の変化を立体的に解析し、正常発生と発生異常の境界をより明確にしていきます。
論文情報
論文タイトル
Vesicular swelling in the cervical region with lymph sac formation in human embryos
著者
Ayako Ohga, Rino Sakamoto, Shigehito Yamada, Tetsuya Takakuwa
公開日
2019年5月18日
DOI
https://doi.org/10.1111/cga.12339
ひとこと
胚の首の後ろにみられる小さなふくらみは、一見すると異常のようにも思えますが、発生の途中で起こる一時的な変化である可能性もあります。
今回の研究では、その背景に頸部リンパ系の急速な発達が関わっているかもしれないことが見えてきました。
正常発生の中で起こる“ゆらぎ”を丁寧に理解することは、病的変化を正しく見分けるためにも大切だと考えています。

