脳を支える血管の輪が持つ個性-ウィリス動脈輪の形成とバリエーション-
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脳を支える血管の輪が持つ個性-ウィリス動脈輪の形成とバリエーション-

古市さんは卒業研究で、脳へ血液を送る重要な血管ネットワークである**ウィリス動脈輪(Circle of Willis)**が、ヒト胚期の終わりにどのような形で形成されているのかを詳しく調べました。

ウィリス動脈輪は、左右の内頚動脈系と椎骨脳底動脈系をつなぐ、脳底部の環状の血管構造です。
成人ではこの動脈輪にさまざまな形の違い、いわゆるバリエーションがあることが知られていますが、それがいつから見られるのかは十分に分かっていませんでした。

本研究では、京都コレクションのヒト胚標本を用い、連続組織切片から頭蓋内動脈を三次元再構築しました。
その結果、CS22〜CS23の胚期終末には、すべての標本でウィリス動脈輪が閉じた輪として形成されていること、さらに20例中17例で何らかの血管バリエーションがすでに存在することが明らかになりました。

本研究成果は、2018年2月19日に公開されました。


研究の背景

ウィリス動脈輪は、脳底部にある血管の輪で、脳への血流を安定させるうえで重要な役割を担っています。
この構造は、前方の内頚動脈系と、後方の脳底動脈系をつなぎ、血流のバイパス経路として働く可能性があります。

成人では、ウィリス動脈輪の形には大きな個人差があります。
たとえば、

  • 前交通動脈の重複
  • 前大脳動脈の走行異常
  • 後交通動脈の低形成
  • 左右差
  • 叢状の血管構造

などが知られています。

こうしたバリエーションは、脳血流や脳血管障害のリスク、手術・画像診断にも関係するため、臨床的にも重要です。
しかし、これらの違いが成人になってから生じるものなのか、それとも胚発生の早い段階から存在するものなのかについては、十分な情報がありませんでした。

そこで本研究では、ヒト胚期の終わりにあたるCS22〜CS23の標本を用い、ウィリス動脈輪の形成状態とバリエーションを三次元的に解析しました。


研究の方法

本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されている、正常外表を示すヒト胚20例を対象としました。

対象は、

  • CS22:14例
  • CS23:6例

です。

これらの標本は連続組織切片として保存されており、切片をデジタル化したうえで、頭蓋内の血管を一枚ずつ同定しました。
その後、Amiraなどの画像解析ソフトウェアを用いて、ウィリス動脈輪を含む頭蓋内動脈を三次元再構築しました。

解析では、特に以下の部位に注目しました。

  • 前交通動脈(Acom)
  • 前大脳動脈(ACA)
  • 後交通動脈(Pcom)
  • 後大脳動脈P1部
  • 脳底動脈(BA)

そして、血管が閉じた輪を形成しているか、また各部位にどのようなバリエーションがあるかを観察しました。


主な結果

1. ウィリス動脈輪は、CS22〜CS23ですべて閉じた輪になっていました

本研究で解析した20例すべてにおいて、ウィリス動脈輪は閉じた環状構造として形成されていました。
これは、胚期の終わりにはウィリス動脈輪の基本構造がすでに完成していることを示しています。

過去の研究では、ウィリス動脈輪はCS20〜CS23ごろに閉鎖すると考えられていました。
本研究の結果は、少なくともCS22〜CS23では、一般にウィリス動脈輪が閉じた状態になっていることを支持するものです。


2. ウィリス動脈輪は、平らな輪ではなく“階段状”の立体構造でした

成人の解剖図では、ウィリス動脈輪はしばしば一枚の平面上に描かれます。
しかし、胚期終末のウィリス動脈輪は、単純な平面状のリングではありませんでした。

三次元再構築により、ウィリス動脈輪は複数の高さをもつ階段状の構造として形成されていることが分かりました。
これは、この時期の中脳や間脳の屈曲など、発達中の脳の形に血管が沿って走行しているためと考えられます。

特に後方部では、脳底動脈が入ってくる部分や後大脳動脈P1部の分岐部で、血管がヘアピン状に強く曲がる様子が観察されました。


3. 20例中17例に、すでに血管バリエーションがありました

本研究で最も重要な結果の一つは、ウィリス動脈輪のバリエーションが、胚期の終わりにすでに非常に高頻度に認められたことです。

20例中、

  • バリエーションなし:3例
  • バリエーションあり:17例

でした。

つまり、ウィリス動脈輪は形成直後から、すでに多様な形を示していることになります。

この結果は、成人で見られるウィリス動脈輪の個人差の少なくとも一部が、発生のかなり早い段階に由来する可能性を示しています。


4. バリエーションは、前交通動脈や前大脳動脈に多く見られました

前方部では、特に**前交通動脈(Acom)前大脳動脈(ACA)**に多くのバリエーションが観察されました。

前交通動脈では、

  • 単一の血管として形成されるもの
  • 部分的に重複するもの
  • 完全に重複するもの
  • 叢状に形成されるもの
  • azygos ACAに伴い、明瞭な前交通動脈を形成しないもの

が見られました。

また、前大脳動脈では、

  • 重複
  • 正中前大脳動脈
  • 片側低形成

などが観察されました。

これらは成人や胎児、新生児でも報告されることのあるバリエーションとよく似ており、血管の多様性が発生初期から存在することを示しています。


5. 後交通動脈にも左右差や低形成が見られました

後方部では、**後交通動脈(Pcom)**に左右差や片側低形成が認められました。
20例中6例で、左右いずれかの後交通動脈が細い、いわゆる低形成のような所見が観察されました。

一方で、後大脳動脈のP1部は、すべての標本で比較的大きな径を持っていました。
成人ではP1部や後交通動脈の太さには大きな個人差がありますが、胚期終末では、P1部はまだ大きく保たれていることが分かりました。


6. “胎児型後大脳動脈”という呼び方には注意が必要かもしれません

成人の脳血管解剖では、後大脳動脈への血流が主に内頚動脈から後交通動脈を通って供給されるタイプを、しばしば胎児型後大脳動脈と呼びます。

しかし本研究では、胚期終末の標本ではP1部がすべて大きく、後大脳動脈領域への血流は、脳底動脈側からの経路も十分に発達していると考えられました。
そのため、いわゆる「胎児型」という名称は、実際の胚期終末の形態をそのまま反映しているとは限らず、やや注意が必要であることが示唆されます。


この研究の意義

本研究は、ヒト胚期終末におけるウィリス動脈輪の形成とバリエーションを、連続組織切片から三次元的に解析した研究です。

今回の成果から、

  • ウィリス動脈輪はCS22〜CS23ですでに閉じた輪として形成されていること
  • 胚期のウィリス動脈輪は平面ではなく階段状の立体構造であること
  • 20例中17例に血管バリエーションがあり、形成直後から多様性が存在すること
  • バリエーションは主に前交通動脈、前大脳動脈、後交通動脈に見られること
  • 後大脳動脈P1部は、胚期終末では比較的大きいこと

が明らかになりました。

これらの知見は、正常な脳血管発生を理解するうえで重要です。
また、成人でみられる脳血管バリエーションや、脳血流の個人差、脳血管疾患の背景を発生学的に考えるうえでも基礎となる情報です。


従来の研究との違い

これまで、ウィリス動脈輪のバリエーションについては、成人、新生児、胎児を対象とした研究が多く行われてきました。
しかし、胚期の終わりという非常に早い段階で、ウィリス動脈輪がどの程度多様な形を示すのかについては、データが限られていました。

本研究では、連続組織切片を三次元再構築することで、細い血管のつながりや重複、叢状構造、左右差を立体的に観察しました。
その結果、成人で見られるようなバリエーションの一部が、すでに胚期終末に存在することが示されました。

これは、血管の形が単に成長後に変わるだけでなく、脳の発達や血流需要に応じて、形成初期から多様な経路をとりうることを示しています。


今後の展望

今後は、ウィリス動脈輪の発生をさらに理解するために、

  • CS20〜CS23にかけての閉鎖過程の詳細解析
  • 血管径の定量的評価
  • 脳の屈曲や成長との関係
  • 穿通枝や末梢分枝の発達
  • 胎児期以降にどのバリエーションが残るのか
  • 成人型へのリモデリング過程

を調べていく必要があります。

われわれの研究室では今後も、ヒト胚の三次元画像解析を通じて、脳や血管がどのように連携しながら発達していくのかを明らかにしていきます。


論文情報

論文タイトル
Variations of the Circle of Willis at the End of the Human Embryonic Period

著者
Kana Furuichi, Aoi Ishikawa, Chigako Uwabe, Haruyuki Makishima, Shigehito Yamada, Tetsuya Takakuwa

公開日
2018年2月19日

DOI
https://doi.org/10.1002/ar.23794


ひとこと

ウィリス動脈輪は、脳を支える大切な血管の輪です。
教科書ではきれいな円のように描かれることが多いですが、実際のヒト胚では、発達中の脳の形に合わせて立体的に曲がりながら形成されていました。

さらに興味深いことに、その形にはすでに多くのバリエーションがありました。
血管の「個性」は、私たちが思っているよりずっと早い時期、胚発生の終わりごろにはもう現れているのかもしれません。
こうした発生初期の多様性を理解することは、脳血管の正常発生や個人差を考えるうえで大切な手がかりになります。