ヒトの舌の筋肉は、いつ・どのようにできていくのか-発生期の筋線維の向きを可視化-
修士2年生の須藤さんが、ヒトの発生過程における舌の筋肉の形成を、拡散テンソル画像法(DTI: Diffusion Tensor Imaging)を用いて解析し、舌の内在筋と外在筋が、これまで考えられていたように大きく時期をずらして分化するのではなく、初期にはほぼ同じ時期に分化を始めることを明らかにしました。
本研究成果は、2026年3月5日に NMR in Biomedicine 誌に掲載されました。
研究の背景

舌は、食べる、飲み込む、話すといった複雑な運動を支える重要な器官で、複数の筋肉からできています。
これらの筋肉は大きく、
- 舌の中で始まり舌の中で終わる内在筋
- 外から舌に入り込み、舌の位置を変える外在筋
に分けられます。
しかし、発生途中のヒトの舌では、筋肉どうしが非常に密に入り組んでおり、通常の組織切片だけでは個々の筋肉を正確に見分けることが簡単ではありません。
そのため、これまでの研究では、内在筋と外在筋で分化の時期が違うと考えられてきましたが、実際には「見分けにくさ」がその解釈に影響していた可能性がありました。
そこで本研究では、水分子の拡散の向きから組織内の線維走行を推定できるDTIを用いて、発生期のヒトの舌の筋線維の向きを三次元的に追跡し、筋肉形成の過程を詳しく調べました。
研究の方法
本研究では、ヒト胚・胎児標本29例を対象に、7テスラMRIを用いてT1強調画像とDTIデータを取得しました。
さらに、一部の標本では連続組織切片を作製し、MRI・DTIの所見と比較しながら、実際にどの段階で筋組織が区別できるかを検討しました。
DTIでは、舌の中を走る筋線維の向きをtractographyで可視化し、各筋の向きや広がり方、さらに**FA(fractional anisotropy)やMD(mean diffusivity)**といった指標も評価しました。
主な結果
1. 舌の筋線維はCS19で初めて明瞭に捉えられました
解析の結果、CS18では舌はまだ小さな塊として見える段階で、明瞭な筋線維の走行は確認できませんでした。
一方、CS19になると、DTIで筋線維の方向性が初めて捉えられるようになり、舌筋の分化が始まっていることが分かりました。
組織学的にも、**CS18では筋芽細胞(myoblast)**が観察され、CS19では筋管(myotubule)が確認されました。
つまり、DTIは、こうしたごく初期の未熟な筋組織も検出できる可能性があることが示されました。
2. 内在筋と外在筋は、初期にはほぼ同じ時期に分化していました
これまで、外在筋の方が内在筋より先に分化すると考えられることがありました。
しかし本研究では、CS19の時点で、内在筋にあたる垂直筋・横筋と、外在筋にあたるオトガイ舌筋・舌骨舌筋をいずれも確認することができました。
この結果は、内在筋と外在筋は、少なくとも筋芽細胞から筋管へ移行する初期段階では、ほぼ同じ時間軸で分化することを示しています。
3. 筋肉によって「見分けやすさ」は異なりました
DTIによって多くの筋の走行を可視化できましたが、すべての筋を完全に個別に区別できたわけではありません。
たとえば、オトガイ舌筋(genioglossus)は起始部が明瞭で、扇状に広がる特徴的な形をもつため比較的追跡しやすい一方で、平行に走る筋群や、同じ領域で交差する垂直筋と横筋のような筋は、個別の定量が難しい場合がありました。
これは、DTIが1つのボクセル内に複数方向の線維が存在する場合、それらを完全には分離できないという技術的な限界によるものです。
その一方で、どこまで見えるのか、どこが難しいのかを発生学的標本で具体的に示せたことも、本研究の重要な成果の一つです。
この研究の意義
本研究によって、ヒトの舌筋の発生について、従来よりも立体的かつ詳細な理解が得られました。
特に重要なのは、従来は時期が異なると考えられていた内在筋と外在筋の分化が、初期には同時並行的に進むことを示した点です。
また、DTIは成熟した筋だけでなく、筋管や未熟な筋組織の段階でも線維配向を捉えられることが分かりました。
これは、舌に限らず、発生途中の他の骨格筋や器官の研究にも応用できる可能性を示しています。
舌は、発生期の頭頸部の中でも比較的大きく観察しやすい構造であり、筋や脳神経の発達を考える上でも重要です。
今後、こうした画像解析技術がさらに発展すれば、正常発生の理解だけでなく、頭蓋顔面領域の先天異常の評価にもつながることが期待されます。
今後の展望
今回の研究では、DTIの有用性と限界の両方が明らかになりました。
特に、交差する筋線維や平行に走る複数筋の識別には課題が残っており、今後はより高角度分解能の拡散MRI法などを用いることで、さらに詳細な解析が可能になると考えられます。
われわれの研究室では今後も、MRIや組織学的手法を組み合わせながら、ヒトの発生過程における形態形成の実態を明らかにしていきます。
論文情報
論文タイトル
Detection of Muscle Fiber Orientation During Human Tongue Development: Analysis Using Diffusion Tensor Imaging
著者
Saho Suto, Toru Kanahashi, Sena Fujii, Hirohiko Imai, Hiroki Otani, Shigehito Yamada, Tetsuya Takakuwa
掲載誌
NMR in Biomedicine
公開日
2026年3月5日
DOI
https://doi.org/10.1002/nbm.70257
ひとこと
舌は、日常ではあまり意識しない器官かもしれませんが、食べる・飲み込む・話すといった人の基本的な機能を支える、とても重要な組織です。
今回の研究では、その舌の筋肉が発生のごく早い段階でどのように形づくられていくのかを、DTIという方法で立体的に捉えることができました。
ヒト発生の理解を深める一歩として、今後の研究にもつなげていきたいと考えています。
”DTI所見についてよりバランスの取れた解釈を示し、未熟筋線維や交差筋線維の分離におけるこの技術の長所と限界を明確に認識しています。連続的な組織学的観察を統合することで、画像化結果の解剖学的妥当性がさらに強化されています。”査読者コメントより

