内耳のまわりの“すき間”はどのようにできるのか-外リンパ腔形成を三次元解析-
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内耳のまわりの“すき間”はどのようにできるのか-外リンパ腔形成を三次元解析-

石川さんは卒業研究で、ヒトの内耳において、膜迷路のまわりに形成される空間、すなわち**周耳胞腔/外リンパ腔に相当する空間(periotic space)**が、胎児期にどのように広がっていくのかを三次元的に解析しました。

内耳は、聴覚や平衡感覚を担う非常に複雑な器官です。
その内部には、感覚器を含む膜迷路があり、その外側を将来の骨迷路となる**耳包(otic capsule)**が取り囲みます。
膜迷路と耳包の間には、成人では外リンパを含む空間が形成されますが、この空間がヒト発生の中で、いつ、どこから、どのように広がるのかは十分に分かっていませんでした。

本研究では、京都コレクションのヒト胎児標本を用い、7テスラMRIおよび位相差X線CTによる三次元画像を解析しました。
その結果、周耳胞腔はCRL約35 mmの胎児で前庭部と蝸牛基底回付近に最初に認められ、その後、蝸牛や半規管に沿って急速に広がり、CRL約115 mm以降では膜迷路の大部分を取り囲むことが明らかになりました。

本研究成果は、2018年1月2日に公開されました。


研究の背景

内耳は、音を感じる蝸牛と、体の傾きや回転を感じる前庭・半規管から成る、非常に精密な感覚器です。
発生学的には、内耳はまず耳胞から始まり、やがて複雑な形をした膜迷路へと分化します。

膜迷路の周囲には、将来、外リンパを含む空間が形成されます。
この空間は、

  • 蝸牛では前庭階・鼓室階
  • 前庭部では前庭槽
  • 半規管周囲では周耳胞腔

として発達し、成人の内耳機能に重要な役割を持ちます。

外リンパ腔は、内耳の圧調節や液体環境の維持に関わり、聴覚や平衡感覚を支える大切な構造です。
また、外リンパ腔の形成や構造異常は、難聴やめまい、外リンパ瘻などの病態理解にも関係します。

しかし、ヒト胎児期にこの空間が三次元的にどのように形成されるのかについては、これまで主に二次元組織切片による知見に限られていました。
そこで本研究では、ヒト胎児の内耳を三次元画像で解析し、膜迷路、周耳胞腔、耳包骨化の発達過程を時間軸に沿って明らかにしました。


研究の方法

本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているヒト胎児標本から、明らかな損傷や異常のない24例の内耳を対象としました。
対象標本の大きさは、CRL 14.4〜197 mmで、主に第1三半期から第2三半期に相当します。

画像取得には、

  • 7テスラMRI
  • 位相差X線CT

を用いました。
小型標本には、より高解像度の位相差X線CTを用い、やや大きな標本にはMRIを用いました。

画像解析では、内耳構造を三次元再構築し、

  • 膜迷路
  • 蝸牛管
  • 前庭部
  • 前・後・外側半規管
  • 周耳胞腔/外リンパ腔相当空間
  • 耳包
  • 耳小骨などの周辺構造

を観察しました。

また、

  • 内耳全体の長さ
  • 蝸牛の高さ
  • 蝸牛部と前庭部のなす角度
  • 蝸牛管および半規管の長さ
  • 周耳胞腔が膜迷路に沿ってどの程度形成されているか
  • 断面積

を計測し、胎児の成長との関係を解析しました。


主な結果

1. 膜迷路は胚期の終わりにはすでに基本構造を備えていました

膜迷路は、胚期の終わりであるCarnegie stage 23の段階で、すでに

  • 蝸牛管
  • 前庭
  • 三つの半規管

に分化していました。

つまり、音や平衡感覚に関わる内耳の基本的な形は、胚期の終わりにはすでにかなり整っていることになります。

その後、胎児期に入ると、膜迷路は大きく形を変えるというよりも、基本構造を保ちながら成長していきました。
内耳長や蝸牛の高さ、蝸牛管・半規管の長さはいずれも、胎児の成長に伴ってほぼ直線的に増加しました。


2. 周耳胞腔はCRL約35 mmで最初に確認されました

周耳胞腔は、CRL 24.5 mm付近では明瞭な空間としてはまだ観察されませんでした。
しかし、CRL 34〜37 mmの標本で、前庭部および蝸牛の基底回付近に低信号領域として初めて確認されました。

これは、膜迷路の周囲に外リンパ腔へつながる空間が形成され始める時期を示しています。

最初に確認された部位は、

  • 前庭部
  • 蝸牛基底回周囲

であり、そこから発生が進むにつれて、周耳胞腔は内耳全体へ広がっていきました。


3. 周耳胞腔は、蝸牛と半規管に沿って急速に伸びていきました

周耳胞腔は、最初に前庭部と蝸牛基底回付近に現れた後、膜迷路に沿って急速に伸びていきました。

蝸牛では、まず基底回周囲に空間が現れ、やがて蝸牛管に沿って先端方向へ広がりました。
この過程で、

  • 前庭階
  • 鼓室階

に相当する空間が形成されていきます。

また半規管周囲では、前庭部から各半規管に沿って周耳胞腔が伸びていきました。
前半規管、後半規管、外側半規管の周囲にも、胎児の成長とともに空間が形成されていきました。

計測の結果、周耳胞腔が膜迷路に伴走する割合は、蝸牛部でも半規管部でも似たようなS字状の増加を示し、比較的短い期間に急速に広がることが分かりました。


4. CRL約115 mm以降では、周耳胞腔が膜迷路の大部分を取り囲みました

本研究では、CRL 115 mm以降の標本で、周耳胞腔が膜迷路のほぼ全体を取り囲むようになっていました。
これは、膜迷路の周囲に外リンパ腔の基本構造がかなり完成していることを示しています。

特に蝸牛では、前庭階と鼓室階に相当する空間が蝸牛の先端近くまで達していました。
ただし、MRI画像上では、前庭階と鼓室階の連絡部までは明瞭に確認できませんでした。

半規管では、周耳胞腔は各半規管に沿って形成されましたが、断面で見ると、半規管全体を均一に取り囲むというより、主に小弯側に沿って存在する様子が観察されました。


5. 周耳胞腔の形成後に、耳包の骨化中心が認められました

CRL 115 mm以降の標本では、周耳胞腔が膜迷路の大部分を取り囲むようになるとともに、耳包周囲に骨化中心が観察されました。

これは、内耳の発達が、

  1. 膜迷路の形態分化
  2. 周耳胞腔の形成と拡大
  3. 耳包の骨化

という順序で進むことを示しています。

つまり、内耳ではまず柔らかい膜迷路が形づくられ、その周囲に液体を含む空間が形成され、さらにその外側が骨性の迷路として固められていく、という段階的な発生過程があると考えられます。


6. 周耳胞腔は短期間で急速に形成されることが分かりました

本研究の観察期間から、周耳胞腔はおおよそ受精後9〜13週に相当する短い期間に、膜迷路の周囲へ急速に広がると考えられます。

膜迷路自体はすでに胚期の終わりに基本的な形を持っていますが、その周囲に機能的な液体空間が形成されるのは、早期胎児期に入ってからです。
このことは、内耳が「形」と「機能環境」を段階的に整えていく器官であることを示しています。


この研究の意義

本研究は、ヒト早期胎児期における周耳胞腔/外リンパ腔相当空間の形成を、三次元画像を用いて詳細に解析した研究です。

今回の成果から、

  • 膜迷路はCS23で基本構造を備えていること
  • 周耳胞腔はCRL約35 mmで前庭部と蝸牛基底回付近に出現すること
  • その後、蝸牛管と半規管に沿って急速に広がること
  • CRL約115 mm以降で膜迷路の大部分を取り囲むこと
  • 周耳胞腔形成後に、耳包の骨化中心が明瞭になること
  • 内耳では、膜迷路形成、周耳胞腔形成、耳包骨化が精密なタイムテーブルに沿って進むこと

が明らかになりました。

これらの知見は、正常な内耳発生の理解に重要です。
また、難聴、めまい、外リンパ瘻、内耳奇形などの発生学的背景を考えるうえでも、基礎となる情報になります。


従来の研究との違い

これまで、周耳胞腔の発生は主に組織切片を用いて二次元的に観察されてきました。
組織切片は細胞レベルの観察に優れていますが、複雑な内耳構造が空間的にどのようにつながっていくのかを理解するには限界がありました。

本研究では、MRIと位相差X線CTを用いて内耳全体を三次元的に再構築することで、

  • 周耳胞腔がどこから始まるか
  • どの方向へ伸びるか
  • 膜迷路をどの程度取り囲むか
  • 蝸牛部と半規管部で形成速度がどう違うか
  • 耳包骨化とどのような順序関係にあるか

を立体的・定量的に示すことができました。

これにより、内耳発生を「切片上の点」ではなく、「連続した立体構造」として理解できるようになりました。


今後の展望

今後は、内耳周囲空間の形成メカニズムをさらに理解するために、

  • 周耳胞腔内の間葉組織の変化
  • 外リンパ腔形成に関わる細胞密度や液体貯留の解析
  • 内耳神経や血管との位置関係
  • 耳包骨化の進行との関連
  • 内耳奇形や先天性難聴との比較
  • より高解像度画像による微細構造の解析

を進める必要があります。

われわれの研究室では今後も、ヒト胚・胎児の三次元画像解析を通じて、内耳のような複雑な感覚器がどのように精密に形づくられるのかを明らかにしていきます。


論文情報

論文タイトル
Formation of the Periotic Space During the Early Fetal Period in Humans

著者
Aoi Ishikawa, Sae Ohtsuki, Shigehito Yamada, Chigako Uwabe, Hirohiko Imai, Tetsuya Matsuda, Tetsuya Takakuwa

公開日
2018年1月2日

DOI
https://doi.org/10.1002/ar.23764


ひとこと

内耳は、私たちが音を聞き、体のバランスを保つために欠かせない、とても小さく複雑な器官です。
今回の研究では、その内耳の膜迷路のまわりに、外リンパ腔へつながる“すき間”が胎児期にどのように広がっていくのかを、三次元的に見ることができました。

内耳は、まず膜迷路が形づくられ、その周囲に液体を含む空間ができ、さらに外側が骨で包まれていきます。
小さな器官の中で、これほど精密な順序で構造が整っていくことは、発生の美しさを感じさせます。
こうした正常発生の理解は、将来、難聴や内耳奇形の成り立ちを考えるための大切な基盤になると考えています。