京都コレクションを用いた3D解析研究の可能性を紹介-Anat Rec総説-
研究室の高桑は、京都大学に保存されている世界有数のヒト胚・胎児標本群である京都コレクションをもとに、これまで進めてきた三次元デジタル解析研究についてまとめました。
京都コレクションには、発生段階が詳細に記録された多数のヒト胚・胎児標本が保存されています。
われわれの研究室では、これらの貴重な標本を、MRI、位相差X線CT、デジタル化連続組織切片などの方法で三次元データ化し、脳、顔面、感覚器、消化器、肝臓、気管支、血管、耳、眼など、さまざまな器官の発生過程を解析してきました。
本論文では、こうしたデジタルデータが、単なる教育用画像やアーカイブではなく、ヒト発生を定量的・動的に理解するための研究基盤そのものになることを示しました。
先天研開設40周年記念号がAnatomical Recに掲載されました。
研究の背景

ヒトの体がどのように形づくられるのかを理解するためには、胚発生の過程を正確に観察することが欠かせません。
古典的なヒト発生学では、連続組織切片を観察し、そこから蝋模型や石膏模型を作ることで、三次元的な形態が理解されてきました。
Ziegler、Blechschmidt、Heardらによる歴史的な胚模型は、現在でも教育や研究に大きな価値を持っています。
しかし、これらの作業は非常に手間がかかり、定量的な解析には限界がありました。
一方、近年では、
- MRI
- 位相差X線CT
- 光学的三次元イメージング
- 連続組織切片のデジタル化
- 三次元画像処理ソフトウェア
- 3Dプリンタ
などの技術が発達し、ヒト胚・胎児の形態を非破壊的、あるいは高精度に三次元データとして扱えるようになりました。
本研究では、京都コレクションから得られたデジタルデータを用いて、ヒト胚・胎児の三次元解析がどのように発展してきたのか、また今後どのような可能性があるのかを整理しました。
京都コレクションとは
京都コレクションは、京都大学医学研究科附属先天異常標本解析センターに保存されている、世界最大級のヒト胚・胎児標本コレクションです。
約44,000例の標本が含まれ、その多くについて、外表観察、計測、写真記録、Carnegie stage分類などが行われています。
このコレクションの大きな特徴は、標本が体系的に収集・管理されており、発生段階に基づいた研究が可能であることです。
そのため、ヒト発生の正常過程を調べるうえで、非常に重要な研究資源となっています。
デジタルデータ化の取り組み

われわれの研究室では、京都コレクションの標本をさまざまな方法でデジタル化してきました。
主なデータ取得法には、以下のようなものがあります。
1. MRI
MRIは、標本を破壊せずに内部構造を三次元的に観察できる方法です。
京都コレクションでは、
- 2.35テスラMRI
- 7テスラMRI
- 1.5テスラ臨床用MRI
などを用いて、胚期から胎児期まで幅広い発生段階の三次元画像を取得してきました。
特に2.35テスラMRIでは、CS13〜CS23のヒト胚について、多数例のデータが取得されました。
これにより、発生段階ごとの形態変化を統計的に解析できる基盤が整いました。
2. 位相差X線CT
位相差X線CTは、通常のX線CTでは見えにくい軟部組織を高コントラストで描出できる技術です。
小さなヒト胚の微細構造を高解像度で観察するのに適しており、気管支、骨格、内臓、血管などの詳細な三次元解析に用いられてきました。
3. デジタル化連続組織切片
古典的な連続組織切片も、スキャナーでデジタル化することで、三次元再構築に利用できます。
組織切片は解像度が高く、細かな構造の観察に優れているため、MRIやCTと補完的に用いることができます。
デジタルデータを用いる利点
1. 貴重な標本を傷つけずに解析できる
ヒト胚標本は、現在では新たに大規模に収集することが非常に難しい貴重な資料です。
MRIやCTを用いれば、標本を切断したり破壊したりせずに、内部構造を三次元的に観察できます。
また、連続組織切片をデジタル化することで、実物のスライドを頻繁に扱う必要がなくなり、標本の劣化や破損を防ぐことにもつながります。
2. どの断面でも自由に観察できる
デジタル三次元データでは、任意の角度で断面を切り出すことができます。
そのため、従来の組織切片のように「切られた方向」に制限されず、目的の器官に最も適した断面で観察できます。
これは、複雑な形をした胚の臓器を理解するうえで大きな利点です。
3. 形態を定量的に測定できる
デジタルデータでは、画面上で、
- 長さ
- 角度
- 面積
- 体積
- 曲率
- 位置座標
などを計測できます。
これにより、「大きくなる」「向きが変わる」「移動する」といった発生現象を、単なる印象ではなく、数値として評価できます。
4. 発生異常のスクリーニングにも利用できる
正常発生の標準的なデータが得られると、そこから外れる標本を検出することができます。
実際に、われわれの研究室では、肝臓の体積データを用いて肝形成異常をもつ胚を検出し、その消化管発生や臍帯ヘルニアとの関係を解析してきました。
このように、三次元計測データは、先天異常の発生機序を考えるうえでも有用です。
三次元解析で分かること
1. 器官の形を立体的に理解できる
三次元再構築によって、発生中の臓器をさまざまな方向から観察できます。
たとえば、
- 脳室の形成
- 気管支の分岐
- 胃の形態変化
- 腸管ループの回転
- 内耳の形成
- 眼球周囲構造の位置変化
- 肝臓や脾臓の成長
などを、立体的に理解できるようになりました。
従来の二次元切片では分かりにくかった、臓器どうしの位置関係も明瞭に観察できます。
2. 「移動」に見える現象を、成長の違いとして説明できる
発生学では、しばしば「器官が移動する」と表現されます。
しかし実際には、器官そのものが能動的に動いているのではなく、周囲組織との成長速度の違いによって、相対的に位置が変わって見える場合があります。
三次元座標を用いることで、こうした位置変化を定量的に追跡できます。
われわれの研究室では、たとえば、
- 外耳の位置変化
- 胃の回転と移動
- 腸管ループの回転
- 臓器どうしの相対的位置変化
などを解析し、多くの現象が差次的成長によって説明できる可能性を示してきました。
3. 腸管回転や胃の形態変化を動的に捉えられる
三次元データでは、発生段階の異なる標本を比較することで、時間的な変化を再構成できます。
たとえば胃では、噴門や幽門の位置、胃大弯の突出部などをランドマークとして追跡することで、胃がどのように曲がり、回転し、左側へ移動していくのかを解析できます。
また腸管では、上腸間膜動脈との位置関係や腸管ループの始点・終点を追跡することで、従来「腸回転」と呼ばれてきた現象を、より立体的・定量的に理解できるようになりました。
4. 数学的解析にも利用できる
三次元座標データは、単なる可視化だけでなく、数学的解析にも利用できます。
たとえば、気管支の分岐構造では、分岐点の三次元座標を取得することで、
- 分岐角度
- 分岐世代
- 枝の長さ
- 空間的な広がり
- 分岐パターン
を解析できます。
こうした手法は、腎臓の尿路集合系や血管、気管支など、枝分かれ構造をもつ臓器の発生解析にも応用できます。
5. 3Dプリンタで立体模型を作ることができる
デジタルデータは、STL形式などに変換することで、3Dプリンタによる立体模型作製にも利用できます。
実際に、胚期の脳の三次元モデルを作製することで、画面上では理解しにくい複雑な形を、手に取って観察できるようになりました。
これは研究だけでなく、医学教育や発生学教育にも有用です。
これまでに解析してきた主な器官
京都コレクションの三次元デジタルデータを用いて、われわれの研究室では多くの器官発生を解析してきました。
主な対象には、以下があります。
脳・顔面領域
- 脳胞の形態計測
- 脳室形成
- 側脳室脈絡叢の形成
- 胎児期側脳室の形態
- 大脳皮質の脳回形成
- ウィリス動脈輪の形成
- 口蓋筋の三次元観察
感覚器
- 内耳の形態形成
- 外耳の位置変化
- 耳介形成
- 中耳小骨と外耳・内耳の関係
- 眼球周囲構造の位置変化
消化器・腹部臓器
- 消化管とその原基の分化
- 胃の形態形成と移動
- 腸管回転と生理的臍帯ヘルニア
- 肝臓の形態形成
- 胎児肝臓の形態計測
- 肝形成異常の検出
- 脾臓の形態形成
その他の器官
- 気管支分岐
- 骨格系の発生
- 3Dプリンタによる胚モデル作製
これらの研究は、ヒト発生を「見る」だけでなく、「測る」「比べる」「動きを推定する」段階へ進めるものです。
この研究の意義
本論文は、京都コレクションのデジタルデータを用いた三次元解析研究の意義と可能性を整理したものです。
今回示された重要な点は、
- 京都コレクションの標本は、発生段階が整理された貴重な研究資源であること
- MRI、位相差X線CT、連続切片のデジタル化により、ヒト胚・胎児を三次元的に解析できること
- 三次元データは、単なる画像資料ではなく、定量解析・動態解析・数学的解析に利用できること
- 正常発生の標準データは、先天異常の理解や診断にも役立つこと
- 三次元データは、胎児超音波診断、すなわちsonoembryologyとの比較にも有用であること
です。
特に、正常なヒト胚発生の定量的データは、出生前診断における基準値としても重要です。
将来的には、超音波画像で見える発生段階の変化を、京都コレクション由来の三次元データと比較することで、より正確な発生評価につながる可能性があります。
従来の発生学との違い
古典的発生学は、連続組織切片の観察と模型作製によって、ヒトの形づくりを明らかにしてきました。
その成果は非常に大きなものですが、解析には多くの時間と労力を要し、定量化も簡単ではありませんでした。
一方、デジタル三次元データを用いることで、
- 同じ標本を何度でも観察できる
- 任意の断面で観察できる
- 複数標本を同じ倍率で比較できる
- 体積や角度を数値化できる
- 発生段階ごとの変化を統計的に評価できる
- 研究者間でデータを共有しやすい
という利点があります。
つまり、現代の三次元解析は、古典的発生学を置き換えるものではなく、古典的発生学の知見をデジタル技術で拡張し、より精密に検証する方法といえます。
今後の展望
今後、京都コレクションの三次元デジタルデータは、さらに多くの研究に応用できると考えられます。
たとえば、
- 胎児期後半を含むより広い発生時期の解析
- 臓器間の位置関係の統合的解析
- 血管・神経・筋・骨格の同時解析
- 発生異常例の三次元的スクリーニング
- 超音波診断データとの比較
- AIや数理モデルを用いた発生過程の解析
- 3Dプリント模型を用いた教育・研究
- 国際的なヒト胚デジタルアトラスへの展開
などが期待されます。
また、MRIや位相差X線CTには、単なる形態情報だけでなく、組織構造や成分に関する情報も含まれています。
今後は、形だけでなく、組織の性質や内部構造の変化まで含めた解析が進む可能性があります。
われわれの研究室では今後も、京都コレクションの貴重な標本と最新のデジタル技術を組み合わせ、ヒト発生のしくみをより立体的・定量的に明らかにしていきます。
論文情報
論文タイトル
3D Analysis of Human Embryos and Fetuses Using Digitized Datasets From the Kyoto Collection
著者
Tetsuya Takakuwa
公開日
2018年4月23日
DOI
https://doi.org/10.1002/ar.23784
ひとこと
ヒト胚標本は、発生の一瞬を記録したかけがえのない資料です。
かつては、研究者が切片を一枚ずつ観察し、頭の中や模型として三次元構造を組み立てていました。
現在では、MRIや位相差X線CT、デジタル画像処理によって、その貴重な標本をコンピュータ上で立体的に観察し、測定し、比較できるようになりました。
京都コレクションのデジタルデータは、ヒト発生の「形」を見るだけでなく、発生の「動き」や「しくみ」を理解するための大切な土台になっています。

