Willis輪の形成についての論文Congenit Anomに掲載
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Willis輪の形成についての論文Congenit Anomに掲載

脳を支える血管の輪は、いつ完成するのか

ヒト胚におけるウィリス動脈輪の形成時期を三次元解析しました

このたび、われわれの研究室は、脳に血液を送る重要な血管ネットワークである**ウィリス動脈輪(Circle of Willis)**が、ヒト胚の発生過程でいつ、どのように形成されるのかを三次元的に解析しました。

ウィリス動脈輪は、脳底部にある環状の動脈ネットワークで、左右の内頚動脈系と椎骨脳底動脈系をつなぎます。
成人では、この動脈輪の形には多くのバリエーションがあり、脳血流や脳血管障害との関係が知られています。
しかし、ヒト胚期にこの血管の輪がいつ閉じるのか、また形成途中にどのような多様性があるのかについては、十分な情報がありませんでした。

本研究では、京都コレクションのヒト胚標本を用い、CS20〜CS23の20例について、連続組織切片から頭蓋内動脈を三次元再構築しました。
その結果、ウィリス動脈輪はCS22ごろに閉じる例が多くなるものの、CS23でも閉じていない例が存在することが分かりました。
また、閉じていない部位は主に前交通動脈(ACOM)や後交通動脈(PCOM)後大脳動脈P1部であり、成人にもみられるバリエーションと関連する可能性が示されました。

本研究成果は、2016年3月31日に公開されました。


研究の背景

脳は、体の中でも特に多くの酸素と栄養を必要とする器官です。
そのため、脳へ安定して血液を送る血管網は、発生の早い時期から重要な役割を担っています。

ウィリス動脈輪は、脳底部に存在する血管の輪で、主に次の血管から構成されます。

  • 左右の前大脳動脈(ACA)
  • 前交通動脈(ACOM)
  • 左右の内頚動脈(ICA)
  • 左右の後交通動脈(PCOM)
  • 左右の後大脳動脈(PCA)
  • 脳底動脈(BA)

この構造は、血流のバイパス経路として働く可能性があり、一部の血管で血流が低下したときに脳血流を補う役割を持つと考えられています。

一方、成人のウィリス動脈輪には非常に多くの個人差があります。
完全な輪として形成されている例は成人でも限られており、前交通動脈や後交通動脈、後大脳動脈P1部の低形成・欠損などが知られています。

こうした血管の違いは、

  • 脳梗塞時の側副血行
  • 脳動脈瘤の発生
  • 内頚動脈閉塞時の血流補償
  • 脳血管疾患のリスク

などに関わる可能性があります。

しかし、これらのバリエーションがいつ生じるのか、つまり胚発生の段階ですでに存在するのか、それとも後の成長過程で生じるのかについては、十分に分かっていませんでした。


研究の方法

本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているヒト胚標本のうち、外表に明らかな異常がなく、保存状態の良い20例を対象としました。

対象となった発生段階は、

  • CS20:6例
  • CS21:8例
  • CS22:3例
  • CS23:3例

です。

これらの標本は、厚さ10 μmの連続組織切片として保存されていました。
本研究では、切片をデジタル化し、頭蓋内の動脈を一枚ずつ同定しました。
その後、画像解析ソフトを用いて、ウィリス動脈輪を含む脳血管を三次元再構築しました。

解析では、ウィリス動脈輪が完全に閉じた輪になっているか、閉じていない場合にはどの部位が未形成または不明瞭なのかを調べました。


主な結果

1. ウィリス動脈輪はCS20から閉じ始めました

本研究では、CS20の段階ですでにウィリス動脈輪が閉じている例が認められました。
ただし、CS20で閉じていたのは6例中1例のみでした。

つまり、ウィリス動脈輪の閉鎖はCS20ごろから始まるものの、この時期にはまだ多くの胚で輪が完成していないことが分かりました。


2. CS22〜CS23でも、すべての例で閉じているわけではありませんでした

ウィリス動脈輪が閉じていた例は、

  • CS20:6例中1例
  • CS21:8例中2例
  • CS22:3例中2例
  • CS23:3例中2例

でした。

全体では、20例中7例でウィリス動脈輪が閉じており、13例では一部が閉じていませんでした。

これまでの古典的研究では、ウィリス動脈輪はCS20ごろに閉じるとされていました。
しかし本研究では、閉鎖の時期には個体差があり、一般にはCS22ごろから閉じる例が増えるものの、CS23でも未閉鎖の例があることが示されました。


3. 閉じていない部位として多かったのは前交通動脈でした

ウィリス動脈輪が閉じていない13例のうち、最も多かったのは**前交通動脈(ACOM)**に関わる未閉鎖でした。

具体的には、

  • ACOMのみ未閉鎖:6例
  • ACOMと両側P1部が未閉鎖:4例
  • ACOMと左PCOMが未閉鎖:1例

などが認められました。

前交通動脈は、左右の前大脳動脈をつなぐ重要な血管です。
古典的な研究でも、前交通動脈の形成がウィリス動脈輪完成の最終段階に関わるとされており、本研究の結果もそれを支持するものです。


4. 後交通動脈やP1部の未閉鎖も認められました

前方部だけでなく、後方部でも未閉鎖が観察されました。

具体的には、

  • ACOMと両側P1部が未閉鎖
  • 左PCOMと右P1部が未閉鎖
  • 右PCOMと右P1部が未閉鎖
  • ACOMと左PCOMが未閉鎖

などのパターンがありました。

後交通動脈や後大脳動脈P1部は、内頚動脈系と脳底動脈系をつなぐ重要な部位です。
これらの部位の形成状態は、後大脳動脈領域への血流や、脳血管の側副血行に関係すると考えられます。


5. 胚期の未閉鎖が、そのまま成人のバリエーションにつながる可能性があります

成人でも、ウィリス動脈輪にはさまざまなバリエーションがあります。
特に、前交通動脈、後交通動脈、後大脳動脈P1部の欠損や低形成はよく知られています。

本研究で観察された未閉鎖部位は、成人でバリエーションが多くみられる部位とよく対応していました。

このことから、胚期に一時的に閉じていないだけで後に完成する例もある一方で、一部の未閉鎖や低形成は、そのまま成人の血管バリエーションとして残る可能性があります。

つまり、成人の脳血管の個人差の一部は、胚期の血管形成過程に由来している可能性が示されました。


6. ウィリス動脈輪の形成には個体差がありました

本研究では、同じCarnegie stageでも、ウィリス動脈輪が閉じている例と閉じていない例が混在していました。
これは、ウィリス動脈輪の形成時期には個体差があることを示しています。

血管発生は、単に決まった形に向かって機械的に進むのではなく、脳の成長や血流需要、血行動態の変化に応じて、柔軟に形を変えながら進むと考えられます。

そのため、胚期のウィリス動脈輪には、正常発生の範囲内でもある程度の多様性が存在すると考えられます。


この研究の意義

本研究は、ヒト胚期におけるウィリス動脈輪の形成時期を、連続組織切片から三次元的に解析した研究です。

今回の成果から、

  • ウィリス動脈輪はCS20ごろから閉じ始めること
  • ただし、CS20では閉じている例は少ないこと
  • CS22ごろに閉じる例が多くなること
  • CS23でも未閉鎖の例があること
  • 未閉鎖部位は主にACOM、PCOM、P1部であること
  • これらの部位は成人でもバリエーションが多いこと
  • 成人のウィリス動脈輪の多様性は、胚期の血管形成に由来する可能性があること

が明らかになりました。

これらの知見は、正常な脳血管発生を理解するうえで重要です。
また、脳動脈瘤、脳梗塞、側副血行、後大脳動脈の胎児型など、臨床的に重要な血管バリエーションを発生学的に考えるための基礎資料となります。


従来の研究との違い

ウィリス動脈輪の発生については、Padgetによる古典的研究が非常に重要な基盤となってきました。
その研究では、ウィリス動脈輪はCS20ごろに閉じるとされていました。

本研究では、京都コレクションのヒト胚20例を用い、連続組織切片を三次元再構築することで、ウィリス動脈輪の形成を改めて検討しました。
その結果、ウィリス動脈輪の閉鎖はCS20で始まるものの、実際にはCS22ごろまでかけて進む例が多く、個体差も大きいことが分かりました。

また、本研究では単に「閉じているかどうか」だけでなく、どの部位が未閉鎖なのかを詳細に分類しました。
これにより、胚期の未閉鎖パターンと成人の血管バリエーションとの関連を考える手がかりが得られました。


今後の展望

今後は、ウィリス動脈輪の発生をさらに詳しく理解するために、

  • CS18〜CS23にかけてのより連続的な解析
  • CS23以降の胎児期における血管リモデリング
  • ACOM、PCOM、P1部の血管径の定量解析
  • 成人の血管バリエーションとの比較
  • 脳の発達や血流需要との関係
  • 脳動脈瘤好発部位との発生学的関連
  • 胎児型後大脳動脈の発生過程の再検討

を進める必要があります。

われわれの研究室では今後も、ヒト胚の三次元画像解析を通じて、脳血管がどのように形づくられ、どのように個人差を持つようになるのかを明らかにしていきます。


論文情報

論文タイトル
Formation of the circle of Willis during human embryonic development

著者
Tetsuya Takakuwa, Teppei Koike, Taiga Muranaka, Chigako Uwabe, Shigehito Yamada

公開日
2016年3月31日

DOI
https://doi.org/10.1111/cga.12165


ひとこと

ウィリス動脈輪は、脳を支える血管の“安全ネット”のような構造です。
教科書ではきれいな輪として描かれますが、実際には成人でも多くのバリエーションがあります。

今回の研究では、その輪が胚期にどのように閉じていくのかを三次元的に追跡しました。
すると、ウィリス動脈輪は一斉に完成するのではなく、部位ごとに少しずつつながり、しかもその進み方には個体差があることが分かりました。

脳血管の「個性」は、発生のかなり早い時期から形づくられているのかもしれません。
こうした基礎的な発生過程を理解することは、将来の脳血管疾患や血流の個人差を考えるうえでも大切な手がかりになります。