胚の中の隠れた異常-潜在的な肝臓異常を検出-
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胚の中の隠れた異常-潜在的な肝臓異常を検出-

金橋さんは修士研究で、外表上は正常に見えるヒト胚の中に、内部臓器の異常が隠れている可能性に注目し、それを見つけ出すための新しい解析戦略を検討しました。

自然流産は、ヒト発生において決してまれな現象ではありません。
しかし、外表上明らかな奇形がない胚で、なぜ発生が継続できなかったのか、その原因は多くの場合よく分かっていません。
特に、胚期の内部臓器は非常に小さく、従来の方法では詳細に調べることが困難でした。

本研究では、京都コレクションに保存されている多数のヒト胚MRIデータを用い、まず肝臓の体積を指標としてスクリーニングを行いました。
さらに、肝臓に異常が疑われる胚については、**位相差X線CT(PXCT)**を用いて、より高精細に内部構造を観察しました。

その結果、外表上は正常と判断されていた胚の中に、肝臓の低形成、無形成、肝葉欠損、形態異常などの潜在的な異常が存在することが明らかになりました。
本研究は、外からは見えない内部異常を、大規模画像データと高解像度三次元画像を組み合わせて検出する試みとして、自然流産の背景を理解するための第一歩となるものです。

本研究成果は、2015年10月17日に公開されました。

*299(1),2016の表紙に採用されました。DOI: 10.1002/ar.23206 (cover page)

金橋くんの修士論文の概要>>


研究の背景

妊娠初期には、一定の割合で自然流産が起こります。
染色体異常や明らかな奇形を伴う胚では、その原因を推測できる場合があります。
一方で、外表上は正常に見える胚については、なぜ発生が継続できなかったのか分からないことが多くあります。

その理由の一つは、胚の内部臓器を詳細に観察することが難しいためです。
ヒト胚は非常に小さく、臓器も形成途上にあります。
外から見ただけでは、内部の臓器が正常に形成されているかどうかを判断することはできません。

京都大学の京都コレクションには、約44,000例のヒト胚・胎児標本が保存されています。
その中には、外表上正常と判断された胚も多数含まれています。
さらに、これらの一部についてはMRI顕微鏡による三次元画像データベースが作成されており、胚の内部構造を非破壊的に解析することができます。

本研究では、この大規模データベースを活用し、外表上正常な胚の中に隠れている内部臓器異常を見つけ出すことを目指しました。


なぜ肝臓に注目したのか

本研究では、スクリーニング対象として肝臓を選びました。

肝臓は、成人だけでなく胚・胎児期にも非常に重要な臓器です。
発生が進むと、肝臓は造血の場となり、胎児の生存に欠かせない役割を担います。
また、将来的には代謝、胆汁産生、タンパク質合成など、多くの生命維持機能を担うようになります。

動物実験では、肝臓の発生に関わる遺伝子に異常があると、肝臓の低形成や無形成、重度の貧血を伴い、胚が死亡することが知られています。
そのため、ヒト胚でも肝臓形成の異常が、発生停止や自然流産に関係している可能性があります。

さらに、肝臓は胚期の腹腔内で比較的大きく、MRI画像上でも認識しやすい臓器です。
体積計測がしやすく、スクリーニングの対象として適していると考えられました。


研究の方法

本研究では、京都コレクションのMRI画像データベースから、外表上正常と判断されたCS14〜CS23のヒト胚1,156例を解析しました。

まず、各胚のMRI画像から肝臓の大きさを推定しました。
肝臓の三方向の長さを測定し、そこから肝臓体積を計算する方法を作成しました。
この方法は、実際に手作業で肝臓を分割して測定した体積と非常によく一致しました。

次に、各Carnegie stageごとに肝臓体積の平均値と標準偏差を求め、

  • 平均より2SD以上小さい肝臓
  • 平均より2SD以上大きい肝臓

を持つ胚を抽出しました。

その後、抽出された胚についてMRI画像を詳しく観察し、肝臓異常が疑われる症例を選びました。
さらに、これらの胚について**位相差X線CT(PXCT)**を用いて高解像度三次元解析を行いました。

PXCTは、通常のX線画像よりも軟部組織の微細な構造を高感度に描出できる方法です。
本研究では、肝臓の外形だけでなく、内部の血管構造や周囲臓器との位置関係も観察しました。


主な結果

1. 1,156例の肝臓体積を測定し、異常候補を抽出しました

CS14〜CS23の1,156例について肝臓体積を推定したところ、肝臓は発生段階が進むにつれて指数関数的に大きくなることが確認されました。

その中から、

  • 肝臓が平均より2SD以上大きい胚:41例
  • 肝臓が平均より2SD以上小さい胚:12例

が抽出されました。

これらをMRI画像で詳しく観察した結果、

  • 小さい肝臓群から7例
  • 大きい肝臓群から8例

が、肝臓異常の可能性がある胚として選ばれました。


2. 小さい肝臓群では、7例すべてに明らかな肝臓異常がありました

PXCTによる詳細解析の結果、小さい肝臓群の7例すべてに明らかな肝臓異常が認められました。

その内訳は、

  • 肝臓無形成:2例
  • 肝臓低形成:4例
  • 肝葉欠損:1例

でした。

これらの胚は、外表上は正常と判断されていましたが、内部では生命維持に重要な肝臓形成に大きな異常が存在していたことになります。


3. 肝臓無形成の胚では、周囲臓器の位置にも大きな影響がありました

肝臓がまったく検出されなかった胚では、腹腔内の臓器配置にも大きな変化が見られました。

たとえば、

  • 胃が頭側・腹側へ偏位する
  • 胃の向きが反転する
  • 十二指腸が通常と異なる位置をとる
  • 膵臓が腹側へ偏位する

といった変化が確認されました。

肝臓は単独で存在する臓器ではなく、発生中の腹腔内で大きな空間的位置を占め、周囲臓器の配置にも影響を与えます。
そのため、肝臓の形成不全は、肝臓だけでなく、胃・十二指腸・膵臓などの配置にも影響することが分かりました。


4. 肝臓低形成では、内部血管構造にも異常が見られました

肝臓が小さい症例では、外形だけでなく、内部の血管構造にも異常が認められました。

観察された異常には、

  • 臍静脈の扁平化
  • 静脈管の狭窄または変形
  • 門脈系の低形成
  • 肝静脈枝の発達不良
  • 右肝静脈の欠損
  • 肝内血管構造の不明瞭化

などが含まれていました。

肝臓は血管発生と密接に関係しながら形成されます。
したがって、肝臓の外形異常だけでなく、血管構築の異常も発生継続に大きな影響を与える可能性があります。


5. 肝葉欠損と考えられる症例も見つかりました

小さい肝臓群の中には、肝臓全体が低形成というより、右肝葉に相当する部分が欠損していると考えられる症例がありました。

この症例では、

  • 左側の肝臓構造は比較的保たれている
  • 右側肝臓が急に欠損している
  • 右肝静脈が認められない
  • 右側の内部構造が不整である

という特徴がありました。

このような肝葉欠損は、発生の途中で肝臓の一部の形成がうまく進まなかったことを示している可能性があります。
一方で、残った肝臓が機能を補える場合には、生存可能性が残ることも考えられます。


6. 小さい肝臓群の多くでは、他臓器の異常も合併していました

小さい肝臓群7例のうち、

  • 肝臓異常のみ:2例
  • 他臓器異常を合併:5例

でした。

合併していた異常には、

  • 胃の偏位
  • 腸管の偏位
  • 膵臓の偏位
  • 腹壁異常または腹壁破裂疑い
  • 中腎・生殖隆起の異常

などが含まれていました。

このことから、肝臓異常は単独で起こる場合もありますが、周囲臓器や体腔形成の異常と関連して生じる場合もあると考えられます。


7. 大きい肝臓群では、2例に形態異常が見つかりました

肝臓体積が平均より大きい胚は41例ありましたが、その多くでは明らかな形態異常は認められませんでした。
詳細解析の対象となった8例のうち、明らかな肝臓異常が見つかったのは2例でした。

そのうち1例では、肝臓が大きく、肝内血管の一部に拡張が認められました。
もう1例では、肝臓が著しく変形し、頭尾方向に大きくなり、胸腔内へ突出していました。
この症例では、横隔膜低形成、肺低形成、胃の形態異常、心房の変形など、複数の重い異常も伴っていました。

この結果から、肝臓が大きいこと自体は必ずしも異常を意味しない一方で、形態や内部構造を詳しく調べることで、重篤な異常を見つけられる場合があることが分かりました。


8. 肝臓異常はCS18〜CS21に集中して見つかりました

本研究で確認された肝臓異常は、CS18〜CS21の胚に認められました。
この時期は、肝臓が形態的にも機能的にも重要な発達段階へ進む時期です。

特に、肝臓は胚・胎児期の造血に関わる重要な臓器となります。
そのため、重度の肝臓低形成や無形成を持つ胚は、この時期以降の発生を継続できない可能性があります。

本研究では、外表上正常なCS18〜CS21胚における肝臓形成異常の頻度は、およそ**1.7%**と推定されました。
これは、外からは分からない内部臓器異常が、一定の頻度で存在する可能性を示しています。


この研究の意義

本研究は、大規模ヒト胚コレクションと三次元画像データベースを用いて、外表上正常な胚に潜む内部異常を検出しようとした研究です。

今回の成果から、

  • 外表上正常に見える胚にも、内部臓器異常が隠れている場合があること
  • 肝臓体積を指標にすることで、異常候補を効率的に抽出できること
  • 小さい肝臓群では、高い確率で肝臓異常が検出されること
  • 肝臓無形成、肝臓低形成、肝葉欠損などの胚期肝奇形が存在すること
  • 肝臓異常は、胃・腸管・膵臓・腹壁などの異常を伴う場合があること
  • 肝臓異常はCS18〜CS21に検出され、発生継続に影響する可能性があること
  • MRIによる大規模スクリーニングとPXCTによる高精細解析の組み合わせが有効であること

が明らかになりました。

これらの知見は、原因不明の自然流産や、胚期における潜在的な臓器異常を理解するうえで重要です。
また、将来的には出生前診断や発生異常の早期評価にもつながる可能性があります。


従来の研究との違い

これまで、ヒト胚の異常研究では、外表から明らかに異常が分かる標本が主に注目されてきました。
しかし、外表上正常に見える胚の内部臓器を体系的に調べることは、技術的にも労力的にも困難でした。

本研究では、まず1,156例という大規模MRIデータベースを用いて、肝臓体積という客観的な指標で異常候補を抽出しました。
その後、PXCTを用いて候補胚を高解像度で観察し、肝臓の外形、内部血管構造、周囲臓器との関係を詳細に評価しました。

このように、

  1. 大規模データで候補を見つける
  2. 高精細画像で詳しく診断する

という二段階の戦略を用いた点が、本研究の大きな特徴です。

この方法は、肝臓だけでなく、今後ほかの臓器にも応用できる可能性があります。


MRIとPXCTを組み合わせる強み

MRIは、標本を壊さずに全身の三次元構造を観察できる方法です。
多数例を比較し、臓器の大きさや位置を調べるのに適しています。

一方、PXCTは、より小さな構造を高い解像度で観察できる方法です。
本研究では、肝臓内部の血管構造や周囲臓器との細かな関係を確認するうえで非常に有用でした。

この2つの画像技術を組み合わせることで、

  • 大規模なスクリーニング
  • 異常候補の選別
  • 高解像度での精密診断
  • 三次元的な臓器配置の把握

が可能になりました。

貴重なヒト胚標本を非破壊的に解析できる点も、大きな利点です。


今後の展望

本研究は、外表上正常な胚に潜む内部異常を明らかにするための第一歩です。
今後は、肝臓以外の重要臓器にも同様の解析を広げることが期待されます。

たとえば、

  • 心臓
  • 腎臓
  • 消化管
  • 骨格
  • 血管系

などを対象に、大規模MRIデータと高精細画像を組み合わせて解析することで、これまで見逃されていた潜在的な発生異常を検出できる可能性があります。

また、今後の課題として、

  • 各臓器の正常な体積・形態基準の整備
  • 発生段階ごとの正常範囲の設定
  • 潜在異常と自然流産との関連解析
  • 遺伝子異常や染色体異常との対応
  • 胎児画像診断への応用
  • 発生異常のデータベース化

が挙げられます。

われわれの研究室では今後も、京都コレクションと先端的な三次元画像技術を活用し、ヒト発生の正常像と異常像の両方を明らかにしていきます。


論文情報

論文タイトル
A Novel Strategy to Reveal the Latent Abnormalities in Human Embryonic Stages from a Large Embryo Collection

著者
Tohoru Kanahashi, Shigehito Yamada, Mire Tanaka, Ayumi Hirose, Chigako Uwabe, Katsumi Kose, Akio Yoneyama, Tohru Takeda, Tetsuya Takakuwa

公開日
2015年10月17日

DOI
https://doi.org/10.1002/ar.23281


ひとこと

外から見て正常に見える胚でも、内部では重要な臓器の発生に異常が隠れていることがあります。
今回の研究では、肝臓の体積を手がかりに、多数の胚画像から異常が疑われる標本を見つけ出し、さらに高精細画像で詳しく調べるという新しい方法を示しました。

肝臓は、発生中の胚にとって非常に重要な臓器です。
その肝臓が十分に形成されない場合、発生を継続することが難しくなる可能性があります。

自然流産の背景には、外からは見えない小さな異常が関わっているかもしれません。
大規模な胚コレクションと三次元画像解析を組み合わせることで、そうした“隠れた発生異常”に少しずつ光を当てることができると考えています。