内耳はどのように複雑な形へ変化するのか-内耳膜迷路の三次元形態形成-
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内耳はどのように複雑な形へ変化するのか-内耳膜迷路の三次元形態形成-

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豊田さんは卒業研究で、ヒトの内耳が発生の過程でどのように形づくられ、体の中でどのような位置関係を保ちながら発達していくのかを、三次元画像を用いて詳しく解析しました。

内耳は、聴覚と平衡感覚を担う非常に精密な器官です。
その中でも、膜迷路と呼ばれる構造は、将来の蝸牛管や半規管、内リンパ管・内リンパ嚢などを形づくります。
成人の内耳は、蝸牛がらせん状に巻き、三つの半規管が互いに異なる方向を向く、たいへん複雑な立体構造をしています。
しかし、そのような形がヒト胚の中でいつ、どのように成立していくのかについては、十分な定量的データが限られていました。

本研究では、京都コレクションのヒト胚・早期胎児標本を用い、CS17から第1三半期の早期胎児期に相当する27例、54内耳を対象として、位相差X線CTおよび高磁場MRIにより内耳膜迷路を三次元的に解析しました。
その結果、内耳はCS17ですでに内リンパ系と蝸牛管へ分化し始め、CS18以降に半規管や蝸牛管のらせん形成が進み、早期胎児期には蝸牛管が2回転を超える構造へ発達することが分かりました。

本研究成果は、2015年9月15日に公開されました。

作成した立体データの代表的なものはMorphoMuseumに発表されました。
Toyoda S, Shiraki N, Yamada S, Uwabe C, Imai H, Matsuda T, Yoneyama A, Takeda T, Takakuwa T, Morphogenesis of the human inner ear membranous labyrinth.   MorphoMuseuM 1 (3)-e6. doi: 10.18563/m3.1.3.e6


研究の背景

内耳は、私たちが音を聞き、体の傾きや回転を感じるために欠かせない器官です。
内耳には大きく分けて、

  • 音を受け取る蝸牛
  • 回転運動を感じる半規管
  • 重力や直線加速度を感じる前庭
  • 内リンパの恒常性に関わる内リンパ管・内リンパ嚢

などがあります。

これらは発生初期には、耳胞と呼ばれる比較的単純な袋状の構造から始まります。
その後、耳胞は伸び、曲がり、枝分かれし、らせん状に巻きながら、複雑な内耳膜迷路へ変化していきます。

内耳の発生は古くから研究されてきましたが、従来の三次元再構築は組織切片に基づくものが多く、標本の変形や切片作製の影響を受ける可能性がありました。
また、Carnegie stageに基づいて、内耳の各部位の長さや角度、体内での位置関係を定量的に調べた研究は限られていました。

そこで本研究では、非破壊的な三次元画像を用いて、ヒト胚期から早期胎児期にかけての内耳膜迷路の形態形成を解析しました。


研究の方法

本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているヒト胚・早期胎児標本のうち、明らかな損傷や異常のない27例を対象としました。
左右の内耳を合わせて、合計54内耳を解析しました。

対象となった発生段階は、

  • CS17
  • CS18
  • CS19
  • CS20
  • CS21
  • CS22
  • CS23
  • 第1三半期の早期胎児期

で、受精後およそ6〜10週に相当します。

画像取得には、標本の大きさや必要な解像度に応じて、

  • 位相差X線CT
  • 7テスラMRI

を用いました。

小さな胚では高解像度の位相差X線CTを用い、CS22以降の比較的大きな標本ではMRIを用いました。
得られた三次元画像から内耳膜迷路を再構築し、以下の構造を観察・計測しました。

  • 蝸牛管
  • 前半規管
  • 後半規管
  • 外側半規管
  • 内リンパ管
  • 内リンパ嚢
  • 卵形嚢
  • 球形嚢
  • 連合管
  • 内耳全体の長さ
  • 蝸牛部と前庭部の角度
  • 内耳の体内での位置と向き

また、下垂体相当部と第1頚椎を結ぶ線を基準軸として、内耳が脳や体軸に対してどのような位置をとるかを解析しました。


主な結果

1. CS17で耳胞は伸長し、蝸牛管と内リンパ系へ分化し始めました

CS17では、耳胞は背腹方向に伸び、菱脳の外側に沿うような形を示しました。
この時期には、耳胞から将来の内リンパ管・内リンパ嚢につながる構造と、将来の蝸牛管につながる構造が分化し始めていました。

つまり、CS17の段階で、内耳は単純な袋状構造から、聴覚系と平衡覚系を含む複雑な膜迷路へ向かう最初の形態変化を始めていることが分かりました。

また、半規管の原基は、耳胞中央部の幅広い三角形状の隆起として観察されました。


2. CS18以降、前半規管と後半規管が明瞭な輪として形成されました

CS18では、前半規管と後半規管が、共通脚をもつ明瞭な輪状構造として観察されました。
半規管は、体の回転を感じるための重要な構造です。

本研究では、半規管の形成について以下の特徴が分かりました。

  • 前半規管と後半規管はCS18から明瞭になる
  • 外側半規管はやや遅れて、小さくねじれた輪として形成される
  • CS19以降では、すべての標本で半規管が観察される
  • 早期胎児期には、3つの半規管が互いにほぼ直交する配置に近づく

特に外側半規管は、前半規管・後半規管とは異なり、発達がややゆっくりで、初期には小さく歪んだ形を示しました。


3. 半規管の長さは直線的に増加しました

三つの半規管の長さを測定したところ、いずれも発生に伴ってほぼ直線的に増加しました。

長さの順序は、観察期間を通じて一貫していました。

  1. 前半規管が最も長い
  2. 後半規管が次に長い
  3. 外側半規管が最も短い

この順序はCS18からすでに成立しており、その後も保たれていました。

また、前半規管・後半規管・外側半規管の長さの比率は、発生中も比較的一定でした。
これは、三つの半規管が、単に別々に伸びるのではなく、一定のバランスを保ちながら成長していることを示しています。


4. 蝸牛管はCS18から巻き始め、早期胎児期には2回転以上になりました

蝸牛管は、将来、音を感じる蝸牛を形成する構造です。
成人の蝸牛はらせん状に巻いた構造をしていますが、その巻き方は胚期から段階的に進みます。

本研究では、蝸牛管のらせん形成について、次のような流れが確認されました。

  • CS17:蝸牛管が分化し、伸長し始める
  • CS18:蝸牛管の巻き始めが認められる
  • CS19:4分の1回転未満
  • CS20:4分の1〜2分の1回転
  • CS21:2分の1〜1回転
  • CS22:1〜1.5回転
  • CS23:1.5〜2回転
  • 早期胎児期:2回転以上

この結果から、CS23の段階でも蝸牛管の巻きはまだ完成しておらず、早期胎児期にかけてさらに立体的ならせん構造へ成長していくことが分かりました。


5. 蝸牛管の長さは指数関数的に増加しました

半規管の長さが比較的直線的に増加したのに対して、蝸牛管の長さは指数関数的に増加しました。

特にCS22以降、蝸牛管の伸長は顕著となり、CS23では前半規管の長さを超えるようになりました。
早期胎児期には、蝸牛管はさらに長くなり、2回転を超えるらせん構造を示しました。

この結果は、蝸牛管が発生の後半に急速に伸びながら巻いていくことを示しています。
内耳の中でも、聴覚に関わる蝸牛部は、半規管とは異なる成長パターンを示すことが分かりました。


6. 蝸牛部と前庭部の間には、内側方向への屈曲が見られました

内耳膜迷路は、蝸牛部と前庭部がただ直線的につながっているわけではありません。
本研究では、蝸牛部と前庭部の間に、内側方向への屈曲があることが三次元的に明らかになりました。

この屈曲角は、発生に伴って小さくなる傾向がありました。
たとえば、CS18では約132度でしたが、早期胎児期には約112度まで小さくなりました。

これは、蝸牛部と前庭部の位置関係が、内耳の成長に伴って徐々に変化していくことを示しています。
特に早期胎児期には、蝸牛が前方・上方へ移動するような配置変化も観察されました。


7. 内リンパ嚢はCS18以降に伸長し、CS22ごろに扁平な形になりました

内リンパ管はCS18以降に伸長し、内リンパ嚢も次第にふくらみを持つようになりました。
CS22ごろには、内リンパ嚢は平たく、スプーン状の形を示しました。

内リンパ嚢の形には標本間でやや違いがありましたが、発生とともに内リンパ系の構造が明瞭になっていくことが確認されました。

また、球形嚢や連合管はCS22以降の標本で観察されました。


8. 内耳の位置は、菱脳の外側腹側に安定していました

本研究では、内耳そのものの形だけでなく、発生中の胚の中で内耳がどの位置にあるかも調べました。

その結果、内耳膜迷路は観察期間を通じて、

  • 菱脳の外側腹側
  • 橋屈の尾側
  • 聴神経節の近く

に安定して位置していました。

つまり、内耳は大きく移動するのではなく、脳や神経節との位置関係を保ちながら、その場で複雑な構造へ分化していくことが分かりました。

この安定した位置関係は、内耳と後脳、周囲間葉組織との相互作用が正常な内耳発生に重要であることを示唆しています。


9. 外側半規管は、胚期には成人のような“水平”ではありませんでした

外側半規管は、成人では「水平半規管」とも呼ばれ、教科書でも水平に近い向きで描かれることが多い構造です。

しかし本研究では、胚期から早期胎児期において、外側半規管の面は体軸に対して約8〜15度の角度を示し、成人で想定される水平面とは異なる向きにあることが分かりました。

これは、内耳そのものの構造が胚期に形成された後も、頭蓋底や側頭骨、脳の成長、出生後の姿勢変化などに伴って、内耳の向きがさらに変化する可能性を示しています。

つまり、内耳の「形」は胚期に急速にできあがりますが、その「向き」はその後の成長過程でも調整されると考えられます。


この研究の意義

本研究は、ヒト胚・早期胎児期における内耳膜迷路の形態形成を、位相差X線CTとMRIを用いて三次元的・定量的に解析した研究です。

今回の成果から、

  • CS17で耳胞が伸長し、内リンパ系と蝸牛管へ分化し始めること
  • CS18から蝸牛管のらせん形成が始まること
  • 前半規管・後半規管はCS18から明瞭な輪として形成されること
  • 外側半規管はやや遅れて、小さくねじれた形で発達すること
  • 三つの半規管の長さは直線的に増加すること
  • 蝸牛管の長さは指数関数的に増加すること
  • CS23でも蝸牛管の巻きはまだ完成しておらず、早期胎児期に2回転以上となること
  • 内耳は菱脳の外側腹側に比較的安定して位置すること
  • 外側半規管の向きは、成人に至るまでにさらに変化する可能性があること

が明らかになりました。

これらの知見は、正常な内耳発生を理解するための重要な基礎資料です。
また、内耳奇形、半規管形成異常、蝸牛形成異常、先天性難聴、平衡機能障害などの発生学的背景を考えるうえでも役立つと考えられます。


従来の研究との違い

内耳の発生は、古くからワックス模型や組織切片の三次元再構築によって研究されてきました。
しかし、古典的研究の一部はCarnegie stage分類が確立する前に行われており、現在の発生段階と対応づけることが難しい場合がありました。

また、組織切片を用いた再構築では、切片の変形や収縮、位置合わせの誤差が生じる可能性があります。

本研究では、位相差X線CTと高磁場MRIを用いることで、標本を破壊せずに内耳膜迷路を三次元的に可視化しました。
さらに、複数の発生段階にわたる標本を用いて、

  • 各半規管の形成時期
  • 蝸牛管の巻き数
  • 蝸牛管と半規管の長さ
  • 蝸牛部と前庭部の角度
  • 内耳の体内での位置と向き

を定量的に示しました。

これにより、内耳がどのような順序と成長パターンで形づくられるのかを、より正確に理解できるようになりました。


今後の展望

今後は、内耳発生の理解をさらに深めるために、

  • CS16以前の耳胞形成からの連続的解析
  • CS23以降の胎児期における蝸牛完成過程の解析
  • 膜迷路と骨迷路の対応関係の解析
  • 耳小骨・外耳道・中耳との統合的な聴覚器発生解析
  • 内耳神経節や聴神経との位置関係の解析
  • 先天性内耳奇形例との比較
  • 高解像度画像を用いた半規管角度や蝸牛形態の詳細計測
  • 胎児MRIや出生前診断への応用

を進める必要があります。

われわれの研究室では今後も、ヒト胚・胎児の三次元画像解析を通じて、聴覚器や平衡器がどのように精密な構造として組み上がっていくのかを明らかにしていきます。


論文情報

論文タイトル
Morphogenesis of the Inner Ear at Different Stages of Normal Human Development

著者
Saki Toyoda, Naoto Shiraki, Shigehito Yamada, Chigako Uwabe, Hirohiko Imai, Tetsuya Matsuda, Akio Yoneyama, Tohoru Takeda, Tetsuya Takakuwa

公開日
2015年9月15日

DOI
https://doi.org/10.1002/ar.23268


ひとこと

内耳は、体の中でも特に小さく、そして精密な器官です。
発生のはじめには単純な袋のような構造だった耳胞が、短い期間のうちに伸び、曲がり、輪をつくり、らせんを巻いて、聴覚と平衡感覚を担う複雑な膜迷路へと変化していきます。

今回の研究では、その変化を三次元的に追跡することで、半規管と蝸牛管が異なる成長パターンを持つこと、そして内耳が後脳のそばで安定した位置を保ちながら発達することが分かりました。

小さな内耳の中には、音を聞き、体の動きを感じるための精巧な設計が詰まっています。
その設計がいつ、どのように形になるのかを理解することは、先天性難聴や内耳奇形の理解にもつながる大切な基盤になります。