膝の十字靱帯は、どのように立体的な“交差構造”をつくるのか
われわれの研究室の張、高石、樋口君は、ラット胚を用いて、膝関節の中で重要な役割を担う前十字靱帯と後十字靱帯が、発生過程でどのように形づくられ、どのように立体的な位置関係を獲得していくのかを三次元的に解析しました。
膝関節の十字靱帯は、名前の通り、関節の中で互いに交差するように走る一対の靱帯です。
前十字靱帯は主に脛骨が前方へずれるのを防ぎ、後十字靱帯は脛骨が後方へずれるのを防ぎます。
この2本の靱帯は、膝関節の安定性に欠かせない構造です。
一方で、十字靱帯は単に「2本のひもが交差している」だけではありません。
大腿骨と脛骨への付着部の位置、靱帯の長さ、曲がり方、交差角度が三次元的に調整されることで、膝関節の複雑な動きに対応できる構造になります。
本研究では、**episcopic fluorescence image capture(EFIC)**を用いてラット胚膝関節を高解像度で観察し、前十字靱帯と後十字靱帯を三次元再構築しました。
その結果、十字靱帯は胎生17日ごろから明瞭に認識され、胎生20日にかけて急速に伸長しながら、三次元的な交差構造と軽度の屈曲を獲得していくことが明らかになりました。
本研究成果は、2015年6月22日に PLOS ONE に公開されました。
研究の背景

膝関節は、体重を支えながら大きく動く関節です。
その安定性を保つうえで、十字靱帯は非常に重要な役割を担っています。
十字靱帯には、
- 前十字靱帯
anterior cruciate ligament:ACL - 後十字靱帯
posterior cruciate ligament:PCL
があります。
前十字靱帯は、脛骨が大腿骨に対して前方へずれることや、過度な回旋を抑える働きをします。
後十字靱帯は、脛骨が後方へずれることを防ぎます。
これらの靱帯が損傷すると、膝関節の不安定性、半月板損傷、変形性関節症などにつながることがあります。
そのため、十字靱帯の構造や機能は、臨床的にも非常に重要です。
しかし、十字靱帯が発生過程でどのように形成され、どのように立体的な交差構造を獲得するのかについては、これまで十分に分かっていませんでした。
特に、従来の組織切片では、靱帯の走行や交差角度を三次元的に把握することが難しいという課題がありました。
そこで本研究では、ラット胚膝関節を三次元再構築し、十字靱帯の発生過程を空間的・定量的に解析しました。
研究の方法

本研究では、Wistarラット胚の右後肢を対象としました。
解析した発生時期は、
- 胎生16日(E16)
- 胎生17日(E17)
- 胎生18日(E18)
- 胎生19日(E19)
- 胎生20日(E20)
です。
合計18肢の膝関節を解析しました。
標本は固定後、EFIC用に包埋し、ブロック表面を少しずつ切削しながら連続蛍光画像を取得しました。
EFICでは、組織の自家蛍光を利用して、細胞密度や組織構造の違いを観察できます。
本研究では、
- 十字靱帯:細胞密度が高く、比較的高い蛍光強度
- 大腿骨・脛骨の軟骨原基:比較的低い蛍光強度
として識別することができました。
得られた連続画像をもとに、Amiraソフトウェアを用いて、
- 大腿骨
- 脛骨
- 前十字靱帯
- 後十字靱帯
を三次元再構築しました。
さらに、十字靱帯の付着部と交差部を三次元座標として定義し、長さや角度を計測しました。
解析したポイント
本研究では、十字靱帯の三次元的変化を理解するために、以下の5つの点を設定しました。

- 前十字靱帯の大腿骨付着部
- 前十字靱帯の脛骨付着部
- 後十字靱帯の大腿骨付着部
- 後十字靱帯の脛骨付着部
- 前十字靱帯と後十字靱帯が交差する点
これらをもとに、
- 前十字靱帯の長さ
- 後十字靱帯の長さ
- 大腿骨側の付着部間距離
- 脛骨側の付着部間距離
- 前十字靱帯の屈曲角
- 後十字靱帯の屈曲角
- 2本の靱帯の交差角
- 付着部の三次元的な移動
を解析しました。
十字靱帯は直線的な構造ではなく、発生とともに少しずつ曲がり、ねじれを含む立体的な配置をとります。
そのため、単なる長さだけでなく、角度や付着部の位置変化を調べることが重要です。
主な結果
1. E16では、前十字靱帯・後十字靱帯はまだ明瞭ではありませんでした
胎生16日では、大腿骨、脛骨、腓骨に相当する軟骨化領域が観察されました。
また、大腿骨と脛骨の間には、将来の関節形成に関わるinterzoneが認められました。
しかし、この段階では、前十字靱帯や後十字靱帯として明瞭に識別できる構造はまだ観察されませんでした。
関節の土台はでき始めているものの、十字靱帯の形態はまだはっきりしていない段階と考えられます。
2. E17で、前十字靱帯と後十字靱帯が明瞭に認識されました
胎生17日になると、前十字靱帯と後十字靱帯が、大腿骨と脛骨の間に存在する紡錘形細胞の凝集として観察されました。
この時期には、十字靱帯はまだ細く、成熟した靱帯のような明瞭な線維束構造ではありません。
しかし、三次元再構築により、すでに2本の靱帯が将来の交差構造に向かう位置関係を持ち始めていることが確認されました。
つまり、十字靱帯の立体的な配置の原型は、かなり早い段階から形成されていることが分かりました。
3. 十字靱帯の長さはE17からE19まで緩やかに増加し、E20で大きく伸長しました
前十字靱帯と後十字靱帯の長さを測定したところ、どちらもE17からE19にかけて徐々に長くなり、E20で大きく伸長しました。
前十字靱帯は、
- E17:約535 μm
- E18:約566 μm
- E19:約598 μm
- E20:約914 μm
へと増加しました。
後十字靱帯は、
- E17:約506 μm
- E18:約627 μm
- E19:約663 μm
- E20:約1000 μm
へと増加しました。
この結果から、十字靱帯は発生の後半、特に出生直前に近いE20で急速に伸びることが分かりました。
4. 大腿骨側・脛骨側の付着部間距離も広がりました
前十字靱帯と後十字靱帯は、それぞれ大腿骨と脛骨に付着します。
本研究では、大腿骨側でのACLとPCLの付着部間距離、脛骨側での付着部間距離も測定しました。
その結果、どちらの距離もE17からE20にかけて徐々に増加しました。
大腿骨側の付着部間距離は、
- E17:約421 μm
- E20:約612 μm
へ増加しました。
脛骨側の付着部間距離は、
- E17:約408 μm
- E20:約692 μm
へ増加しました。
これは、大腿骨や脛骨の成長に伴って、十字靱帯の付着部が互いに離れていくことを示しています。
靱帯自体の伸長は、骨の発達と連動して進むと考えられます。
5. 十字靱帯は発生とともに少しずつ曲がりを獲得しました
十字靱帯は、完全にまっすぐな構造ではありません。
本研究では、前十字靱帯と後十字靱帯の曲がりを、靱帯の角度として評価しました。
その結果、前十字靱帯・後十字靱帯の角度はいずれも、E17からE20にかけて徐々に小さくなりました。
これは、発生初期には比較的まっすぐだった靱帯が、成長とともに少しずつ屈曲することを意味します。
前十字靱帯の角度は、
- E17:約174度
- E20:約157度
へ変化しました。
後十字靱帯の角度は、
- E17:約174度
- E20:約160度
へ変化しました。
つまり、十字靱帯の軽度のたわみや曲がりは、発生後半に形成されていくことが示されました。
6. 十字靱帯の交差角は、見る方向によって異なる変化を示しました
前十字靱帯と後十字靱帯は、三次元空間の中で交差しています。
そのため、交差角は一つの平面だけでは十分に表せません。
本研究では、
- 矢状面
- 前額面
- 水平面
の3方向から交差角を解析しました。
その結果、それぞれの面で異なる変化が見られました。
矢状面では、交差角はE17からE20にかけて増加し、E20では約90度になりました。
前額面でも、交差角は徐々に増加しました。
一方、水平面では、E17からE18にかけて交差角が大きく減少し、その後は大きな変化を示しませんでした。
このことから、十字靱帯の交差構造は単純な「X字」ではなく、方向ごとに異なる変化を伴う、ねじれを含んだ三次元構造であることが分かりました。
7. 付着部は発生とともに三次元的に移動しました
十字靱帯の付着部の位置を三次元的に追跡すると、E17からE20にかけて、各付着部は徐々に離れていきました。
特にE20では、その変化が大きくなりました。
矢状面では、4つの付着部がそれぞれ異なる方向へ分かれていきました。
前額面では、大腿骨側の付着部は外側へ、脛骨側の付着部は内側へ移動する傾向が見られました。
水平面では、後方の付着部が扇状に広がる一方、前方の付着部は収束するような変化を示しました。
これらの結果は、十字靱帯が単に長くなるだけでなく、骨の成長や関節形態の変化に合わせて、付着部の位置関係を立体的に調整していることを示しています。
8. 十字靱帯の三次元構造は、出生直前に向けて完成へ近づきました
E17の段階で十字靱帯の原型はすでに認識されましたが、E20になると、
- 靱帯の長さが急速に増加する
- 付着部間距離が広がる
- 靱帯の屈曲が明瞭になる
- 交差角が変化する
- 付着部の三次元配置が大きく変わる
といった変化がそろって進みました。
このことから、ラット胚では、十字靱帯の立体構造は発生の比較的早い段階で原型ができ、出生直前に向けて急速に成熟していくと考えられます。
この研究の意義
本研究は、ラット胚膝関節の前十字靱帯・後十字靱帯をEFICと三次元再構築によって解析し、その空間的変化を定量的に示した研究です。
今回の成果から、
- E16では十字靱帯はまだ明瞭ではないこと
- E17で前十字靱帯・後十字靱帯が細胞凝集として認識されること
- E17の時点で、十字靱帯の三次元的な配置の原型が形成されていること
- ACL・PCLの長さはE17〜E19で緩やかに増加し、E20で大きく伸長すること
- 大腿骨側・脛骨側の付着部間距離も発生とともに広がること
- 十字靱帯は発生とともに軽度の屈曲を獲得すること
- 2本の靱帯の交差角は、矢状面・前額面・水平面で異なる変化を示すこと
- 十字靱帯の交差構造は、単純なX字ではなく、ねじれを含む三次元構造であること
- ラットでは十字靱帯構造の形成が胚期終盤に完成へ近づくこと
が明らかになりました。
これらの知見は、膝関節の正常発生を理解するうえで重要です。
また、前十字靱帯損傷、後十字靱帯損傷、靱帯再建、関節不安定性、変形性膝関節症などを発生学的な視点から考えるための基礎資料にもなります。
従来の研究との違い
これまで、十字靱帯の発生は主に組織切片を用いて観察されてきました。
組織切片では、靱帯の細胞凝集や線維方向を確認することはできますが、靱帯全体の走行や付着部の位置関係、三次元的な交差角を正確に評価することは困難でした。
本研究では、EFICにより膝関節を連続的に撮影し、前十字靱帯と後十字靱帯を三次元再構築しました。
これにより、
- 靱帯全体の長さ
- 靱帯の曲がり
- 交差部の位置
- 大腿骨・脛骨への付着部
- 付着部の移動
- 三方向から見た交差角
を定量的に解析できました。
特に、十字靱帯の交差構造が、単純な平面的な交差ではなく、発生過程でねじれを伴って形成されることを示した点が、本研究の大きな特徴です。
臨床とのつながり
十字靱帯は、スポーツ外傷や加齢性変化、変形性膝関節症と深く関係する構造です。
前十字靱帯が損傷すると、膝関節の不安定性が生じ、半月板や軟骨への負担が増えます。
後十字靱帯の曲がり方も、膝関節の状態や前十字靱帯損傷の評価に関係することが知られています。
本研究はラット胚を対象とした基礎研究ですが、十字靱帯がどのように立体的な形を獲得するのかを知ることは、靱帯の機能を理解するうえで重要です。
特に、
- 靱帯の付着部がどのように配置されるのか
- 靱帯がどのように交差するのか
- 靱帯の屈曲がいつ形成されるのか
- 骨の成長と靱帯の伸長がどのように連動するのか
を理解することは、将来的に靱帯再建術や関節発生異常の理解にもつながる可能性があります。
ヒトとの比較
ヒト胚でも、十字靱帯は発生中の膝関節形成に伴って出現します。
報告によれば、ヒトではCarnegie stage 21ごろに後十字靱帯が識別され、Carnegie stage 23ごろには前十字靱帯と後十字靱帯が明瞭になります。
ラットとヒトでは発生の時間軸は異なりますが、
- 間葉凝集
- 軟骨化
- interzone形成
- 大腿骨・脛骨・膝蓋骨の分化
- 靱帯形成
- 関節腔形成
といった基本的な流れには共通点があります。
本研究のような三次元解析は、ラットとヒトの膝関節発生を比較し、関節構造がどのように保存され、どのように種差を示すのかを理解するうえでも役立ちます。
今後の展望
今後は、十字靱帯の発生をさらに深く理解するために、
- 靱帯細胞の増殖や分化の解析
- コラーゲン線維の配向変化の解析
- 関節腔形成との時間的関係の解析
- 半月板や滑膜との相互作用の解析
- 大腿骨・脛骨の形態変化との連動解析
- 胎児期以降の靱帯成熟過程の解析
- ヒト膝関節発生との比較
- 靱帯損傷・再建モデルへの応用
を進める必要があります。
われわれの研究室では今後も、三次元画像解析を用いて、関節や靱帯がどのように立体的な構造と機能を獲得していくのかを明らかにしていきます。
論文情報
論文タイトル
Spatial Change of Cruciate Ligaments in Rat Embryo Knee Joint by Three-Dimensional Reconstruction
著者
Xiangkai Zhang, Tomoki Aoyama, Ryota Takaishi, Shinya Higuchi, Shigehito Yamada, Hiroshi Kuroki, Tetsuya Takakuwa
掲載誌
PLOS ONE 10(6): e0131092
公開日
2015年6月22日
DOI
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0131092
ひとこと
膝の十字靱帯は、完成した膝関節では当たり前のように「交差した2本の靱帯」として存在しています。
しかし、その交差構造は、発生の中で少しずつ、そして三次元的に組み立てられていきます。
今回の研究では、前十字靱帯と後十字靱帯が、単に伸びるだけでなく、付着部の位置を変え、角度を変え、わずかに曲がりながら、膝関節の中で機能的な配置を獲得していくことが分かりました。
十字靱帯の形づくりは、骨の成長や関節腔形成とも連動する、非常に精密なプロセスです。
この小さな胚の膝関節の中で進む三次元的な変化を理解することは、膝関節の正常な発生だけでなく、靱帯損傷や関節疾患を考えるための基盤にもなると考えています。

