ヒト胚子期における脳形態形成
白石さん、片山さん、中島さんは、ヒト胚期における脳の形態形成を、三次元MRIデータを用いて詳しく解析しました。
脳は、発生初期には単純な神経管から始まります。
その後、神経管の頭側がふくらみ、前脳・中脳・菱脳といった脳胞を形成し、さらに大脳半球や脳室、脳幹、小脳などへと分化していきます。
この変化は非常にダイナミックで、わずか数週間の間に、脳は急速に大きくなり、複雑な立体構造を獲得していきます。
本研究では、京都コレクションのヒト胚MRIデータを用い、CS13〜CS23の101例について、脳および脳室を三次元再構築しました。
さらに、脳全体、前脳、中脳、菱脳、それぞれの脳室の体積を測定し、発生段階ごとの成長パターンを定量的に解析しました。
その結果、ヒト胚の脳組織体積はCS13からCS23にかけて約164倍に増加し、とくに前脳がCS20以降に急速に成長することが明らかになりました。
また、脳組織の厚みは一様ではなく、発生に伴って特定の領域が厚くなり、将来の神経核や神経路の形成を反映している可能性が示されました。
本研究成果は、2015年に NeuroImage に掲載されました。
SupplyのビデオはData in Briefに、3D元データの一部はMorphoMに掲載されました。
12. Shiraishi N, Katayama A, Nakashima T, Yamada S, Uwabe C, Kose K, Takakuwa T, Three-dimensional morphology of the human embryonic brain, Data in Brief, 2015, 4, 116-118, 10.1016/j.dib.2015.05.001 [OpenAccess]
15. Shiraishi N, Katayama A, Nakashima T, Shiraki N, Yamada S, Uwabe C, Kose K, Takakuwa T, 3D model related to the publication: Morphology of the human embryonic brain and ventricles, MorphoMuseuM 1 (3)-e3. doi: 10.18563/m3.1.3.e3. [OpenAccess]
研究の背景

ヒトの脳は、発生初期に形成される神経管から始まります。
神経管の頭側部分はふくらみ、やがて三つの主要な脳胞へ分かれます。
- 前脳
- 中脳
- 菱脳
これらはその後、さらに複雑に分化し、
- 大脳半球
- 間脳
- 中脳
- 橋
- 延髄
- 小脳
- 脳室系
などを形成していきます。
脳の発生は古くから組織切片を用いて研究されてきました。
しかし、組織切片から脳全体の立体構造を正確に復元するには、多くの労力が必要であり、切片の変形や位置合わせの誤差も問題となります。
一方、MRIを用いれば、標本を壊さずに脳の三次元構造を観察することができます。
とくに胚期の脳は内部に脳室という空間を含み、発生段階ごとに形が大きく変化するため、三次元画像解析に適した対象です。
そこで本研究では、ヒト胚脳の形態形成を三次元的に可視化し、さらに各脳領域と脳室の体積を定量的に測定することで、胚期脳発生の全体像を明らかにすることを目指しました。
研究の方法
本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているヒト胚標本のMRIデータを用いました。
対象は、外表上明らかな異常や脳の変形を認めないCS13〜CS23の101例です。
各発生段階につき、おおむね9〜10例を解析しました。
MRI画像は、2.35テスラの超伝導磁石を備えたMRI顕微鏡により取得されました。
得られた三次元画像データから、脳組織と脳室を分割し、三次元再構築を行いました。
解析した主な構造は以下の通りです。
- 脳全体
- 前脳
- 中脳
- 菱脳
- 側脳室
- 第三脳室
- 第四脳室
- 小脳原基
- 胚全体の体積
また、脳組織の厚みの違いを可視化するために、表面の厚みを色で表示するsurface color mappingを行いました。
さらに、脳組織の厚い部分を抽出するため、外側表面と内側表面から同じ厚さの層をデジタル的に差し引き、残った厚い領域を**core region(COR)**として可視化しました。
主な結果
1. 脳はCS13からCS23にかけて急速に大きくなりました
脳室を除いた脳組織の体積を測定したところ、CS13では平均約1.15 mm³でした。
これがCS23では平均約189.10 mm³となり、約164倍に増加しました。
この結果から、ヒト胚期の脳は、短期間に非常に大きく成長することが定量的に示されました。
一方で、胚全体の体積も発生とともに大きく増加していました。
脳組織体積と胚全体体積の比率を調べると、CS15以降ではおおむね一定の範囲に保たれていました。
つまり、脳だけが一方的に大きくなるのではなく、胚全体の成長とバランスをとりながら発達していることが分かりました。
2. 前脳・中脳・菱脳は、それぞれ異なる成長パターンを示しました
脳を前脳・中脳・菱脳に分けて体積を測定したところ、いずれも発生に伴って大きくなりましたが、その成長のしかたには違いがありました。
CS13では、菱脳の体積が前脳より大きく、発生初期には菱脳が目立つ構造でした。
しかし、CS20以降になると、前脳の成長が急速に進み、菱脳を上回るようになりました。
具体的には、CS23では、
- 前脳:約110.99 mm³
- 中脳:約21.86 mm³
- 菱脳:約56.45 mm³
となりました。
この結果は、胚期前半では菱脳や脳幹領域の発達が目立ち、胚期後半には大脳半球を含む前脳の成長が急速に進むことを示しています。
3. 大脳半球はCS17ごろから明瞭になりました
三次元再構築により、前脳の形態変化を詳しく観察することができました。
CS15以降、前脳から終脳が分化し始めます。
そしてCS17ごろには、間脳の左右に大脳半球が明瞭に認識できるようになりました。
その後、大脳半球は後方へ弓状に伸び、さらに外側へ巻くように成長しました。
この変化は、古くから大脳半球の回転として知られる形態変化に対応します。
この時期の大脳半球は、まだ成人の大脳のように厚く複雑な皮質を持つわけではありません。
しかし、すでに将来の大脳形成に向けた立体的な成長パターンが始まっていることが分かりました。
4. 脳室は発生初期に大きな割合を占めていました
脳の内部には、脳脊髄液を含む空間である脳室があります。
胚期の脳では、この脳室が非常に大きな割合を占めます。
本研究では、脳組織と脳室を分けて体積を測定しました。
その結果、CS14〜CS18ごろまでは、脳室の体積が脳組織体積を上回る時期がありました。
脳室体積と脳組織体積の比は、CS17で最大となりました。
特に菱脳では、将来の第四脳室に相当する空間が大きく、脳室の存在が脳全体の見かけの成長に大きく影響していました。
つまり、胚期脳の成長を評価する際には、脳組織そのものの増加だけでなく、脳室という内部空間の変化も考慮する必要があります。
5. 脳組織の厚みは発生とともに不均一になりました
CS13〜CS16ごろまでは、脳組織の厚みは比較的一様でした。
しかし、CS17以降になると、脳の中で厚くなる領域と薄いままの領域が明瞭に分かれてきました。
厚みのカラーマッピングにより、次のような領域が発生とともに厚くなることが分かりました。
- 終脳の基底部
- 菱脳の腹側部
- 脳幹領域
- 小脳原基
- 脳神経核に対応する領域
一方で、終脳・中脳・菱脳の背側部や翼板側の領域は、比較的薄い状態を保っていました。
この結果から、脳は全体が均等に厚くなるのではなく、将来の神経核や神経路に関わる領域が局所的に厚くなることが示されました。
6. CORにより、神経核や神経路の発達を三次元的に推定できました
本研究では、厚くなった脳組織の中心部を**core region(COR)**として抽出しました。
CORは、CS16〜CS17以降に明瞭になり、とくに前脳や菱脳で観察されました。
その位置を組織切片や発生脳アトラスと比較すると、次のような構造に対応する可能性が示されました。
- 基底核
- 視床
- 視床下部
- 錐体路
- 脳神経核
- 脳幹の神経路
つまり、MRI画像から直接細胞種や神経線維を識別することはできませんが、脳組織の厚みを三次元的に解析することで、神経核や神経路の形成を推定できる可能性があります。
これは、胚期脳の内部分化を非破壊的に評価する新しい方法として重要です。
7. 菱脳では、脳幹と小脳の発達が段階的に進みました
菱脳は、将来の橋、延髄、小脳などを形成する領域です。
本研究では、菱脳の形態変化が特に複雑であることが三次元的に示されました。
CS17ごろまでは、脳幹に相当する腹側部の肥厚が目立ちました。
その後、CS18以降になると、小脳原基に相当する内外の隆起が観察されるようになりました。
小脳の体積が菱脳全体に占める割合は、
- CS20:約7.2%
- CS23:約12.8%
へと増加しました。
この結果から、菱脳ではまず脳幹の発達が進み、その後、小脳の形成が目立つようになるという段階的な発生過程が明らかになりました。
この研究の意義

本研究は、ヒト胚脳の形態形成を多数例のMRIデータから三次元的に解析し、脳と脳室の成長を定量化した研究です。
今回の成果から、
- ヒト胚脳組織はCS13からCS23にかけて約164倍に増加すること
- CS15以降、脳組織体積と胚全体体積の比率は比較的一定に保たれること
- 発生初期には菱脳が前脳より大きいが、CS20以降は前脳が急速に成長すること
- 大脳半球はCS17ごろから明瞭になり、後方・外側へ成長すること
- 胚期の脳室は大きく、特にCS17ごろに脳組織に対する割合が最大となること
- 脳組織の厚みはCS17以降に不均一となり、神経核や神経路の形成を反映する可能性があること
- COR解析により、発生中の神経核・神経路の位置を推定できる可能性があること
- 菱脳では脳幹と小脳が異なるタイミングで発達すること
が明らかになりました。
これらの知見は、正常なヒト脳発生を理解するための基礎資料となります。
また、脳奇形、脳室形成異常、小脳形成異常、神経管閉鎖異常、早期脳発達異常などを理解するうえでも重要です。
従来の研究との違い
これまで、ヒト胚脳の発生は主に組織切片や二次元的な計測によって研究されてきました。
それらの研究は局所的な解剖を理解するうえで非常に重要でしたが、脳全体の形や体積、脳室との関係を三次元的に定量化するには限界がありました。
本研究では、MRI顕微鏡による三次元データを用いることで、
- 脳全体の立体形態
- 前脳・中脳・菱脳の体積
- 各脳胞の脳室体積
- 脳組織と脳室の比率
- 脳組織の局所的な厚み
- 厚くなった内部領域の三次元分布
を解析することができました。
特に、脳組織の厚みを色で可視化し、さらにCORとして抽出した点は、胚期脳の内部分化を三次元的に捉える新しい試みです。
画像解析が開く新しい脳発生研究
MRIを用いた三次元解析は、組織切片とは異なり、標本を壊さずに全体像を把握できるという大きな利点があります。
また、脳のように内部空間を持ち、全体の形が大きく変化する臓器では、三次元的な観察が特に有効です。
本研究のようなデータは、
- 発生段階ごとの標準的な脳形態
- 脳体積の正常範囲
- 脳室発達の基準
- 脳組織の肥厚パターン
- 神経核・神経路形成の三次元的推定
に役立ちます。
将来的には、胎児MRIや三次元超音波画像による早期診断、さらには発生異常の評価にもつながる可能性があります。
今後の展望
今後は、ヒト胚脳発生をさらに詳しく理解するために、
- CS13以前からの神経管・脳胞形成の解析
- CS23以降の胎児期における大脳皮質発達の解析
- 小脳形成過程の詳細な三次元解析
- 脳神経核・神経路とCORの対応関係の検証
- 組織学的解析や免疫染色との統合
- 拡散MRIなどを用いた神経線維発達の解析
- 脳奇形例との比較
- 三次元超音波・胎児MRI診断への応用
を進める必要があります。
われわれの研究室では今後も、京都コレクションの貴重な標本と三次元画像解析を活用し、ヒト脳がどのように形づくられ、内部構造を獲得していくのかを明らかにしていきます。
論文情報
論文タイトル
Morphology and morphometry of the human embryonic brain: A three-dimensional analysis
著者
N. Shiraishi, A. Katayama, T. Nakashima, S. Yamada, C. Uwabe, K. Kose, T. Takakuwa
掲載誌
NeuroImage
DOI
https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2015.04.044
ひとこと
ヒトの脳は、発生初期には単純な管から始まります。
しかし、わずか数週間のうちに、前脳・中脳・菱脳が分かれ、大脳半球がふくらみ、脳室が形を変え、脳幹や小脳のもとが現れてきます。
今回の研究では、その変化を三次元的に可視化し、脳がどれほど速く、そしてどの領域がどの順番で成長するのかを定量的に示しました。
脳は一様に大きくなるのではなく、将来の神経核や神経路に関係する部分が局所的に厚くなりながら、複雑な構造へと発達していきます。
小さな胚の脳の中では、すでに将来の中枢神経系につながる設計が立体的に組み上がっています。
その正常な発生過程を理解することは、脳の成り立ちを知るだけでなく、脳発達異常や先天性脳奇形を理解するための大切な基盤になると考えています。

