胃の形態変化と動き
海外さん、名古さんは、ヒト胚期において胃がどのように形づくられ、体内でどのように位置や向きを変えていくのかを、MRIデータを用いて三次元的に解析しました。
胃は、発生初期には前腸の一部が局所的にふくらむことで形成されます。
しかし、その後の胃は、単に大きくなるだけではありません。
噴門、幽門、胃底、大彎、小彎、角切痕などが段階的に形成され、さらに周囲の肝臓、食道、十二指腸、膵臓、腸間膜などとの関係の中で、三次元的に位置を変えていきます。
教科書では、胚期の胃が比較的早く成人に近い形になるように描かれることがあります。
しかし実際には、胚期の胃は発生段階ごとに特徴的な形を示し、成人の胃とは異なるダイナミックな変化をたどります。
本研究では、京都コレクションのヒト胚MRIデータから、CS16〜CS23の377例を対象に、胃を三次元再構築しました。
その結果、胃はCS16ではバナナ状の形を示し、CS18で噴門や角切痕が明瞭になり、CS20ごろから胃底や幽門部がはっきりしてくることが分かりました。
また、胃の移動は、従来説明されてきた単純な「回転」だけではなく、胃自身の湾曲や周囲構造との関係、部位ごとの成長の違いによって生じる三次元的な変化であることが示されました。
本研究成果は、2013年11月12日に公開されました。
本研究の立体画像元データの一部はMorphoMuseuMに受諾されました。
20. Nako A, Kaigai N, Shiraki N, Yamada S, Uwabe C, Kose K, Takakuwa T, 3D models related to the publication: Morphogenesis of the stomach during the human embryonic period, MorphoMuseuM, in press

研究の背景
胃は、食物を一時的に貯め、消化を進める重要な臓器です。
成人の胃は、左上腹部に位置し、大彎と小彎をもつ袋状の構造として知られています。
発生学的には、胃は前腸の一部が局所的に広がることで始まります。
その後、
- 噴門
- 胃体部
- 胃底
- 小彎
- 大彎
- 角切痕
- 幽門部
などが形成され、立体的な胃の形が整っていきます。
また、胃は胚期に大きく位置を変える臓器としても知られています。
従来の教科書では、胃は
- 尾側へ下降する
- 長軸まわりに回転する
- 背腹軸まわりに回転する
というように説明されることが多くありました。
しかし、実際の胚期の胃は非常に小さく、周囲の臓器と密接に関係しながら立体的に変形するため、二次元的な観察だけではその動きを正確に理解することが困難でした。
また、「胃が本当にどの軸のまわりに回転しているのか」「噴門や幽門はどのように動くのか」「大彎はどのように形成されるのか」については、十分に定量的なデータがありませんでした。
そこで本研究では、多数のヒト胚MRI画像を用いて、胃の形態と三次元的な移動を発生段階ごとに解析しました。
研究の方法

本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているヒト胚標本のMRIデータを用いました。
対象は、外表上明らかな異常がなく、体軸の変形が少なく、画像品質が良好なCS16〜CS23の377例です。
各Carnegie stageについて、おおむね20〜30例を解析しました。
MRI画像から胃を抽出し、三次元再構築を行いました。
さらに、胃の形態を評価するために、胃の最大長軸断面を設定し、以下の解剖学的ランドマークを定義しました。
- 噴門
食道から胃へ入る部分 - 幽門前庭部
胃から十二指腸へ向かう出口側の部分 - 角切痕
小彎側のくびれ - 大彎上の最も外側へ張り出す点
- 胸腔と腹腔の境界を通過する食道の点
これらの点を三次元座標として追跡し、胃の長さ、湾曲、角度、位置変化を解析しました。
また、胃の動きを評価するため、胚体内に三次元座標軸を設定しました。
第1頚椎、第8胸椎、臍部を基準とし、胃が頭尾方向・左右方向・腹背方向にどのように変化するかを調べました。
主な結果

1. CS16の胃は、成人型ではなくバナナ状でした
CS16では、胃は前腸の局所的なふくらみとして形成されており、全体としてバナナ状の形を示しました。
この時期の小彎はなめらかに湾曲しており、角切痕はまだ明瞭ではありませんでした。
また、噴門部はピラミッド状に見え、成人の胃のような明確な胃底や幽門部はまだ十分には形成されていませんでした。
このことから、胚期初期の胃は、教科書で描かれる成人型の胃とは異なる、発生段階特有の形をしていることが分かりました。
2. CS18で噴門と角切痕が明瞭になりました
CS18になると、食道と胃の境界、すなわち噴門がより明確になりました。
また、小彎側には角切痕が認識できるようになりました。
角切痕は、胃の形を特徴づける重要な構造です。
本研究では、角切痕を基準に胃の屈曲角を測定しました。
角切痕の角度は、CS19〜CS20ではおよそ90度であり、その後CS21以降では90度未満、すなわちより鋭角になっていきました。
これは、胃が発生とともに単に伸びるのではなく、小彎側の屈曲を強めながら形を整えていくことを示しています。
3. CS20ごろから胃底と幽門部が明瞭になりました
CS20以降になると、胃の形態はさらに複雑になります。
この時期には、
- 胃底
- 胃体部
- 幽門部
- His角に相当する形態
がより明瞭になりました。
幽門部は、初期には比較的長く細い管状構造として観察されましたが、発生が進むにつれて幅が広がり、胃の出口としての形が整っていきました。
また、大彎側の張り出しが発達し、胃全体がより大きく湾曲するようになりました。
このような変化は、CS20以降に胃が成人型へ向かって大きく形を変えていくことを示しています。
4. 大彎と小彎はどちらも伸びましたが、胃は次第に大きく湾曲しました
胃の大彎と小彎の長さを測定したところ、CS16からCS23にかけてどちらも直線的に増加しました。
大彎の長さは約4.16倍、小彎の長さは約4.05倍に増加しました。
つまり、大彎と小彎の長さそのものは、発生に伴ってともに大きく伸びていました。
一方で、噴門と幽門を結ぶ直線に対して、大彎がどの程度外側へ張り出すか、また角切痕がどの程度離れるかを測定すると、胃は発生とともに徐々に屈曲・湾曲を強めることが分かりました。
特に、角切痕の位置を示す指標はCS16からCS23にかけて約3.31倍に増加し、大彎の張り出しを示す指標も増加しました。
この結果から、胃はただ大きくなるだけでなく、発生に伴って「曲がった形」へと変化していくことが示されました。
5. 噴門と幽門は、観察期間を通じて正中付近に位置していました
胃の三次元的な移動を調べると、噴門と幽門前庭部は、CS16〜CS23を通じておおむね正中面の近くに位置していました。
噴門と幽門は、CS20ごろまでは尾側へ移動しましたが、その後はやや頭側へ戻るような変化を示しました。
また、噴門と幽門の相対的な頭尾方向の距離は、発生を通じて比較的安定していました。
これは、胃の入口と出口が周囲構造によってある程度固定されながら、胃本体がその間で変形していくことを示しています。
特に、食道、十二指腸、背側膵、肝臓、横隔膜などの発達により、胃の入口と出口の位置は次第に制限されていくと考えられます。
6. 大彎側の点は、左尾側へ大きく移動しました
一方で、大彎上の最も外側へ張り出す点は、噴門や幽門とは異なる動きを示しました。
この点は、CS22ごろまで尾側かつ左側へ大きく移動しました。
これは、胃が発生とともに左側へ張り出し、大彎が発達していく過程を反映しています。
つまり、胃全体が単純に一つの塊として移動しているのではなく、噴門・幽門が比較的安定する一方で、大彎側が大きく張り出すことで、胃が左側へ移動したように見えると考えられます。
このような変化は、胃の「回転」だけでなく、胃自身の湾曲と差次的成長によって説明できます。
7. 胃は従来考えられていた軸とは異なる向きにも変化していました
従来、胃の発生では、背腹軸まわりの回転が強調されてきました。
しかし本研究では、噴門と幽門を結ぶベクトルを解析したところ、この軸は主に横軸まわりに変化していることが分かりました。
一方で、胃の最大長軸断面の向きは、主に縦軸まわりに回転していました。
つまり、胃の動きは単純な一方向の回転ではありません。
胃は、
- 噴門と幽門の相対的位置の変化
- 大彎側の張り出し
- 胃全体の湾曲
- 最大断面の向きの変化
- 周囲臓器による位置制限
が組み合わさって、立体的に形と向きを変えていることが明らかになりました。
8. 胃の左方移動は、回転というより“たわみ”と成長差で説明できる可能性があります
胚期の胃は、発生が進むと左側へ位置するようになります。
従来は、この変化を胃の回転として説明することが一般的でした。
しかし、本研究では、噴門と幽門は正中付近にとどまり、大彎側だけが左尾側へ大きく移動することが示されました。
この結果から、胃が左側へ移動するように見える現象は、胃全体が単純に回転しているというより、大彎側の発達と胃の屈曲、さらに周囲臓器の成長によって生じる相対的な位置変化である可能性があります。
特に、肝臓の発達は胃の位置や形態に大きな影響を与えると考えられます。
発生中の肝臓は腹腔内で大きな体積を占めるため、胃の可動性や配置を制限する可能性があります。
この研究の意義
本研究は、ヒト胚期の胃について、多数例のMRIデータを用いて三次元的に形態形成と移動を解析した研究です。
今回の成果から、
- 胃はCS16ではバナナ状であり、成人型とは異なること
- CS18で噴門と角切痕が明瞭になること
- 角切痕の角度はCS19〜CS20で約90度となり、その後鋭角化すること
- CS20ごろから胃底、胃体部、幽門部が明瞭になること
- 大彎と小彎はCS16〜CS23にかけて直線的に伸びること
- 胃は発生とともに湾曲・屈曲を強めること
- 噴門と幽門はおおむね正中付近に位置し、比較的安定すること
- 大彎側は左尾側へ大きく移動すること
- 胃の見かけの左方移動は、単純な回転ではなく、湾曲と差次的成長によって説明できる可能性があること
- 胃の三次元運動は、従来の単純な回転モデルより複雑であること
が明らかになりました。
これらの知見は、正常なヒト胃発生を理解するための基礎資料となります。
また、胃の位置異常、消化管回転異常、横隔膜ヘルニア、肝臓形成異常に伴う胃偏位、食道胃接合部異常などを発生学的に理解するうえでも重要です。
従来の研究との違い
これまで、胃の発生は主に組織切片や教科書的な模式図に基づいて説明されてきました。
そのため、胃がどの方向へどの程度動くのか、噴門・幽門・大彎がそれぞれどのように変化するのかを定量的に示すことは困難でした。
本研究では、377例という多数のヒト胚MRIデータを用いて、胃を三次元再構築しました。
さらに、胃のランドマークを設定し、三次元座標上で位置変化を追跡しました。
これにより、
- 胃の段階特異的な形態
- 大彎・小彎の伸長
- 角切痕の形成と角度変化
- 噴門・幽門の位置変化
- 大彎側の左尾側移動
- 胃の最大断面の回転
- 従来の回転モデルとの違い
を定量的に示すことができました。
特に、胃の移動が単純な一軸回転ではなく、複数の方向の変化と差次的成長によって生じることを示した点が、本研究の大きな特徴です。
出生前診断へのつながり
胎児期の胃は、超音波検査で比較的早い時期から観察できる腹部臓器の一つです。
胃泡の有無や位置、大きさは、胎児の消化管や羊水循環の評価に用いられることがあります。
たとえば、胃の描出不良や位置異常は、
- 食道閉鎖
- 横隔膜ヘルニア
- 消化管閉鎖
- 羊水嚥下異常
- 腹部臓器位置異常
などの評価に関係することがあります。
本研究で得られた正常な胃の形態形成と位置変化のデータは、将来的に妊娠初期〜早期胎児期の超音波診断に役立つ可能性があります。
特に、胃が発生段階ごとにどのような形を示し、どこに位置するのが正常なのかを知ることは、異常所見を正しく判断するための基盤になります。
今後の展望
今後は、ヒト胃発生をさらに詳しく理解するために、
- CS13〜CS15の胃原基形成の詳細解析
- CS23以降の胎児期における胃形態の成熟過程
- 食道、十二指腸、膵臓、肝臓との三次元的位置関係の解析
- 胃間膜や腹膜腔形成との関係
- 肝臓形成異常や横隔膜異常に伴う胃偏位の解析
- 消化管回転異常との関連
- 胎児超音波・MRI画像との対応
- 胃形態の自動計測や標準値作成
を進める必要があります。
われわれの研究室では今後も、ヒト胚・胎児の三次元画像解析を通じて、消化器がどのように立体的な形と位置を獲得していくのかを明らかにしていきます。
論文情報
論文タイトル
Morphogenesis and Three-Dimensional Movement of the Stomach During the Human Embryonic Period
著者
N. Kaigai, A. Nako, S. Yamada, C. Uwabe, K. Kose, T. Takakuwa
公開日
2013年11月12日
DOI
https://doi.org/10.1002/ar.22833
ひとこと
胃は、発生初期には前腸の小さなふくらみとして始まります。
しかしその後、ただ大きくなるのではなく、噴門や幽門が定まり、大彎が張り出し、角切痕が形成され、胃底がふくらみながら、立体的な胃の形へと変化していきます。
今回の研究では、胃が単純に「ぐるっと回転する」のではなく、入口と出口が比較的安定する一方で、大彎側が左下方へ張り出すように発達することが分かりました。
つまり、胃の位置変化は、回転、湾曲、周囲臓器との関係、成長の差が組み合わさった複雑な過程です。
小さな胚の中で、胃は周囲の臓器と位置を調整しながら、将来の消化機能を担う形へと少しずつ整えられていきます。
その正常な流れを理解することは、胎児診断や消化器奇形の理解につながる大切な基盤になると考えています。

