脈絡叢はどのように形作られるのか

白石さんは修士研究で、ヒト胚期において、脳室内にある脈絡叢がどのように出現し、成長し、複雑な形へと分化していくのかを、MRIデータと連続組織切片を用いて詳しく解析しました。
脈絡叢は、脳室の中に存在する特殊な組織で、脳脊髄液を産生する重要な器官です。
また、血液と脳脊髄液の間のバリアとしても働き、発達中の脳環境を保つうえで大切な役割を担っています。
しかし、ヒト胚期のごく早い段階で、脈絡叢がいつ現れ、どの方向へ成長し、どのように組織として成熟していくのかについては、これまで十分には整理されていませんでした。
本研究では、京都コレクションのヒト胚標本を用い、CS18〜CS23における側脳室脈絡叢を解析しました。
MRIデータから三次元再構築を行うとともに、組織切片による詳細な観察を組み合わせることで、脈絡叢の形態変化と組織分化を段階ごとに明らかにしました。
その結果、脈絡叢原基はCS18で組織学的に確認され、CS19には小さな隆起として三次元的に認識されるようになりました。
その後、CS20〜CS23にかけて急速に成長し、CS23では側脳室の約4分の1を占める大きな構造へと発達することが分かりました。
本研究成果は、2013年2月9日に公開されました。
研究の背景

ヒトの脳は、発生初期には単純な神経管から始まります。
神経管の頭側は膨らみ、やがて前脳・中脳・菱脳といった脳胞を形成します。
さらに前脳からは終脳や間脳が分化し、脳室系も複雑な形へと変化していきます。
この脳室系の中に形成される特殊な組織が、脈絡叢です。
脈絡叢は、
- 脳脊髄液の産生
- 血液脳脊髄液関門の形成
- 発生中の脳環境の調節
- 脳室内環境の維持
に関わる重要な構造です。
脈絡叢は、左右の側脳室、第三脳室、第四脳室に存在します。
その中でも側脳室脈絡叢は、胚期から胎児期にかけて大きく発達し、脳室内で特徴的な立体構造をつくります。
これまでにも、ヒト脈絡叢の組織学的研究は行われてきました。
しかし、胚期に限定して、Carnegie stageごとに三次元形態と組織分化を対応させて解析した研究は限られていました。
そこで本研究では、ヒト胚期の側脳室脈絡叢について、
- いつ原基が現れるのか
- どの方向へ成長するのか
- 表面形態はどのように変化するのか
- 体積はどの程度増加するのか
- 組織学的分化はどこから進むのか
- MRIで見える形と組織分化が対応するのか
を明らかにすることを目指しました。
研究の方法
本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているヒト胚標本を用いました。
解析には、主に2つの方法を用いました。
1. MRIデータによる三次元再構築
MRIデータを用いた解析では、CS19〜CS23の49例を対象としました。
各発生段階につき、おおむね10例を解析しました。
MRI画像から、
- 側脳室
- 側脳室脈絡叢
を抽出し、三次元再構築を行いました。
さらに、側脳室脈絡叢と側脳室の体積を測定し、発生段階ごとの変化を定量的に解析しました。
2. 連続組織切片による組織学的観察

組織学的解析では、CS18〜CS23の41例を対象としました。
HE染色された連続組織切片を観察し、脈絡叢の上皮、間質、血管形成、分葉、絨毛形成などを評価しました。
特に以下の点を調べました。
- 脈絡叢原基の出現
- 上皮の形態
- 上皮細胞の核の位置
- 細胞分裂像の有無
- 間質の疎密
- 血管芽細胞の分布
- 毛細血管形成
- 分葉・管状構造・一次絨毛の形成
また、組織学的な分化の程度を、
- 未分化領域
- 分化領域
- 混在領域
に分類し、三次元再構築した脈絡叢上にマッピングしました。
主な結果
1. CS18で脈絡叢原基が組織学的に確認されました
CS18では、側脳室領域の脈絡叢原基が組織切片上で確認されました。
この時期の原基は、終脳胞の屋根に相当する領域、すなわち将来の脈絡叢が形成される場所に出現していました。
ただし、CS18の段階では、MRIによる三次元再構築ではまだ明瞭な構造としては認識できませんでした。
つまり、組織学的には脈絡叢原基が始まっているものの、立体的に大きな構造として見えるほどには発達していない段階と考えられます。
この時期の脈絡叢原基は、偽重層性の高い上皮で覆われており、上皮細胞の核は中央付近に多くみられました。
また、間質には血管芽細胞と考えられる細胞が多く観察されました。
2. CS19で、小さな隆起として三次元的に認識されました
CS19になると、脈絡叢は小さなこぶ状の隆起として三次元再構築で認識できるようになりました。
組織学的には、この時期の脈絡叢は棍棒状に突出し始めていました。
上皮の厚みは均一ではなく、上皮と間質の境界が不整になり、局所的に上皮が間質側へ入り込むような所見も見られました。
間質の中心部には多数の血管芽細胞が存在し、一部では内皮細胞様の細胞も観察されました。
このことから、脈絡叢の成長とともに血管系の準備も進んでいることが分かりました。
3. CS20では、脈絡叢が側脳室内へ明瞭に突出しました
CS20では、脈絡叢は側脳室内へ突出する明瞭な構造となりました。
三次元的には、薄くやや湾曲した形を示し、全体として三日月状に見えるようになりました。
この時期から、脈絡叢表面には多数の波状構造が認められるようになりました。
組織切片では、分葉の始まりを示す裂隙が観察され、脈絡叢が単純な隆起から複雑な表面構造をもつ器官へ変わり始めていることが分かりました。
また、脈絡叢は主に尾側方向へ成長し、側脳室下角の発達に沿うように伸びていきました。
4. CS21以降、脈絡叢は全方向へ大きく発達しました
CS21以降になると、脈絡叢の成長はさらに加速しました。
それまで目立っていた尾側方向への成長に加えて、背側方向や前方方向への成長も明瞭になりました。
CS21では、脈絡叢表面に不規則な隆起が現れました。
CS22では、その隆起がより複雑で深いものとなり、特に尾側表面に多く認められました。
そしてCS23では、尾側表面に大きなクラスター状構造が形成されました。
CS23の多くの例では、3つの大きなクラスターと、それらを分ける2つの深い裂溝が観察されました。
これは、将来のより複雑な脈絡叢構造や血管分布の基盤となる可能性があります。
5. 脈絡叢の体積はCS19からCS23にかけて約60倍に増加しました
MRIデータを用いて脈絡叢の体積を測定したところ、CS19では平均約0.282 mm³でした。
これがCS23では平均約16.8 mm³となり、約60倍に増加しました。
一方、側脳室の体積も発生に伴って増加しましたが、脈絡叢の増加速度は側脳室よりも速いものでした。
側脳室体積に対する脈絡叢体積の割合は、
- CS19:約4.8%
- CS23:約21.5%
へと増加しました。
つまり、脈絡叢は側脳室内で急速に存在感を増し、CS23では側脳室のかなり大きな部分を占めるようになっていました。
また、左右の脈絡叢には明らかな体積差は認められず、左右対称的に発達していることが示されました。
組織学的な分化
6. 近位部では増殖が、遠位部では分化が進んでいました

組織学的観察から、脈絡叢の中でも部位によって分化の進み方が異なることが分かりました。
特にCS20以降では、側脳室壁との接合部に近い近位部と、そこから離れた遠位部で明らかな違いが見られました。
近位部では、
- 偽重層性上皮が残る
- 細胞分裂像が多い
- 間質内に血管芽細胞が多い
- 分葉が少ない
という未分化で増殖的な特徴が見られました。
一方、遠位部では、
- 単層円柱上皮へ近づく
- 核が頂端側へ移動する
- 細胞分裂像が少ない
- 分葉や一次絨毛が形成される
- 毛細血管が上皮直下に形成される
- 間質が非常に疎になる
という分化した特徴が見られました。
このことから、脈絡叢は近位部で増殖し、そこから遠位側へ向かって分化した組織が広がっていくような発達様式をとる可能性が示されました。
7. CS21〜CS23で、上皮は成熟した形へ変化しました
CS18〜CS20では、脈絡叢上皮は主に偽重層性でした。
しかし、CS21以降になると、低円柱状の上皮が増え、CS23では脈絡叢の大部分が単層の低円柱上皮で覆われるようになりました。
また、上皮細胞の核は、初期には中央付近に多く存在しましたが、分化が進むと頂端側にそろうようになりました。
細胞分裂像はCS18〜CS22では観察されましたが、CS23ではほとんど見られなくなりました。
これらの変化は、脈絡叢上皮が増殖期から分化・成熟期へ移行していることを示しています。
8. 血管形成も段階的に進みました
脈絡叢は、脳脊髄液を産生するために、血管に富んだ組織として発達します。
本研究では、血管系の形成過程も段階的に観察されました。
CS18〜CS20では、間質内に多数の血管芽細胞が見られました。
CS21以降になると、上皮直下に毛細血管が形成されるようになりました。
CS22〜CS23では、中心部の間質に小静脈が散在し、より組織化された血管構造が認められました。
このように、脈絡叢では上皮の分化と並行して、血管系も整っていくことが分かりました。
9. 組織分化を三次元上にマッピングできました
本研究では、連続組織切片から脈絡叢を三次元再構築し、組織学的な分化の程度を三次元モデル上に示しました。
CS21では、
- 未分化領域:前方・腹側、側脳室壁との接合部に近い領域
- 分化領域:前方・背側、接合部から離れた領域
- 混在領域:尾側領域
に分布していました。
CS23では、分化領域が脈絡叢全体の約8割を占め、未分化領域は近位部にわずかに残る程度でした。
この結果から、MRIで観察される表面の隆起やクラスター構造は、組織学的分化の進行と対応している可能性が示されました。
すなわち、滑らかな領域は比較的未分化な近位部に、凹凸の多い領域は分化が進んだ遠位部に対応する可能性があります。
この研究の意義
本研究は、ヒト胚期の側脳室脈絡叢について、MRIによる三次元形態解析と連続組織切片による組織学的解析を組み合わせた研究です。
今回の成果から、
- CS18で脈絡叢原基が組織学的に確認されること
- CS19で小さな隆起として三次元的に認識されること
- CS20には三日月状の構造となり、表面に波状構造が現れること
- CS21以降、尾側・背側・前方へ大きく発達すること
- CS23では3つの大きなクラスターと深い裂溝をもつ複雑な形になること
- 脈絡叢体積はCS19からCS23にかけて約60倍に増加すること
- 側脳室に対する脈絡叢の体積比も大きく増加すること
- 近位部では増殖、遠位部では分化が進むこと
- 上皮の分化と血管形成が並行して進むこと
- MRIで見える形態と組織学的分化が対応する可能性があること
が明らかになりました。
これらの知見は、正常なヒト脳室系発生を理解するための基礎資料となります。
また、脳脊髄液産生、脳室形成、水頭症、脈絡叢腫瘍、脳室内発達異常などを発生学的に理解するうえでも重要です。
従来の研究との違い
これまで、脈絡叢発生の研究は、主に組織切片を用いた観察が中心でした。
組織切片は細胞や組織分化を詳しく見ることができる一方で、脈絡叢全体の形や成長方向、脳室内での広がりを三次元的に把握することは困難でした。
本研究では、MRIデータによる三次元再構築と、組織切片による詳細な観察を組み合わせました。
これにより、
- 脈絡叢の全体形態
- 成長方向
- 表面の凹凸形成
- 体積増加
- 側脳室との関係
- 組織分化の部位差
- 形態と分化の対応
を一体的に理解することができました。
特に、組織学的な分化状態を三次元モデル上にマッピングした点が、本研究の大きな特徴です。
臨床とのつながり
脈絡叢は、脳脊髄液を産生する重要な器官です。
脈絡叢の形成や機能に異常があると、脳室の拡大や脳脊髄液循環の異常に関わる可能性があります。
また、脈絡叢乳頭腫などの脈絡叢腫瘍は、過剰な脳脊髄液産生や水頭症の原因となることがあります。
このような病態を理解するためにも、脈絡叢が正常発生の中でどのように成長し、どの段階で血管や上皮が整っていくのかを知ることは重要です。
さらに、胎児期・胚期の画像診断が進歩する中で、脳室内構造の正常な発達段階を知ることは、異常の早期発見や評価にもつながる可能性があります。
今後の展望
今後は、ヒト脈絡叢発生をさらに詳しく理解するために、
- CS17以前の脈絡叢原基形成の解析
- CS23以降の胎児期における脈絡叢成熟過程
- 第三脳室・第四脳室脈絡叢との比較
- 血管形成と上皮分化の分子機構の解析
- 脳脊髄液産生機能の開始時期の検討
- 脈絡叢上皮の分泌関連分子の発現解析
- 水頭症や脳室形成異常との比較
- 胎児MRI・超音波診断への応用
を進める必要があります。
われわれの研究室では今後も、京都コレクションの貴重なヒト胚標本と三次元画像解析を活用し、脳室系や脳内構造がどのように形づくられていくのかを明らかにしていきます。
論文情報
論文タイトル
Morphogenesis of Lateral Choroid Plexus During Human Embryonic Period
著者
Naoki Shiraishi, Takashi Nakashima, Shigehito Yamada, Chigako Uwabe, Katsumi Kose, Tetsuya Takakuwa
公開日
2013年2月9日
DOI
https://doi.org/10.1002/ar.22662
ひとこと
脈絡叢は、脳室の中にある小さな組織ですが、脳脊髄液をつくるという大切な役割を担っています。
今回の研究では、この脈絡叢がヒト胚期のわずかな期間に、こぶ状の原基から三日月状の構造へ、さらに凹凸やクラスターをもつ複雑な組織へと急速に発達していくことが分かりました。
興味深いことに、脈絡叢は全体が一様に成熟するのではなく、側脳室壁に近い部分では増殖が続き、離れた部分では上皮や血管の分化が進んでいました。
つまり、脈絡叢は「成長する場所」と「成熟する場所」をもちながら、立体的に発達していると考えられます。
小さな胚の脳室内では、脳脊髄液をつくるための仕組みが、すでに精密に組み上がり始めています。
その正常な発達過程を理解することは、脳室形成や水頭症などの病態を考えるための大切な基盤になると考えています。

