骨盤の男女差はいつごろから始まっているのか-ヒト胎児の骨盤傾斜と腰仙椎の向きを解析-
金橋助教は、ヒト胎児における骨盤傾斜の性差をMRI画像から三次元的に解析しました。
ヒトの骨盤は、成人では男女で形が異なることがよく知られています。
女性の骨盤は、妊娠・分娩に適応した形をもつ一方、男性の骨盤とは幅や角度、入口・出口の形などに違いがあります。
しかし、こうした骨盤の性差がいつから始まるのかについては、まだ十分には分かっていません。
特に、骨盤の「傾き」は、脊柱の配列や二足歩行、姿勢、腰椎前弯などと関係する重要な要素ですが、その性差が出生前のどの段階で現れるのかは明らかではありませんでした。
本研究では、頭殿長50〜225 mmのヒト胎児72例、男性34例・女性38例を対象に、MRI画像から骨盤と腰椎・仙椎を三次元再構築しました。
そして、骨盤の傾きを表す複数の角度と、腰椎と仙骨の位置関係を表す腰仙椎傾斜角を測定しました。
その結果、胎児期の比較的早い段階、すなわち一次骨化が始まる時期から、骨盤傾斜にはすでに性差が存在することが示されました。
研究の背景
骨盤の性差は、成人だけの特徴ではない可能性があります
成人の骨盤には、明らかな性差があります。
一般に、女性の骨盤は分娩に適した形をもち、男性に比べて骨盤入口や出口が広く、恥骨下角が大きい傾向があります。
一方、骨盤は単に「幅が広い・狭い」だけでなく、全体としてどの方向に傾いているかも重要です。
骨盤傾斜は、
- 腰椎の前弯
- 脊柱全体のアライメント
- 立位姿勢
- 二足歩行
- 股関節や仙腸関節への力のかかり方
と深く関係しています。
出生後、特に思春期以降には、骨盤の性差がより明瞭になります。
しかし、その差が思春期になって突然現れるのか、それとも胎児期からすでに始まっているのかは、大きな未解明課題でした。
これまでの研究と本研究の位置づけ
われわれの研究室では以前、ヒト胎児72例を対象に、骨盤の三次元形態を解析しました。
その研究では、一次骨化が始まる時期、つまり胎児期早期から、すでに骨盤形態に性差があることを示しました。
具体的には、女性胎児では男性胎児に比べて、
- 骨盤入口の前後径が小さい
- 恥骨下角が大きい
といった特徴が確認されました。
今回の研究では、これをさらに発展させ、骨盤の「形」だけでなく、骨盤全体の傾きに注目しました。
特に、
- 腸骨がどの方向に傾くのか
- 恥骨や坐骨の位置関係はどう変化するのか
- 仙骨と腰椎の角度に性差はあるのか
- 骨盤と腰仙椎は同じように発達するのか、それとも別々の発達パターンを示すのか
を詳しく調べました。
研究の方法
本研究では、京都コレクションおよび島根大学に保存されているヒト胎児標本を用いました。
対象は、頭殿長50〜225 mmの胎児72例です。
- 男性胎児:34例
- 女性胎児:38例
胎児の性別は、外陰部の形態に基づいて判定しました。
MRI撮像には、7テスラおよび3テスラMRIを使用しました。
得られた画像から、骨盤、腰椎、仙椎を三次元的に再構築し、各解剖学的ランドマークの座標を取得しました。
胎児骨盤に適した基準軸を設定しました
胎児では、成人のように立っている姿勢を基準にすることができません。
また、胎児の脊柱は標本ごとに曲がり方が異なるため、単純に体の外形を基準にすると、骨盤の傾きを正確に比較しにくくなります。
そこで本研究では、仙骨の第1〜第3仙椎の腹側面を用いて、頭尾方向の基準軸を設定しました。
この軸をもとに、骨盤の左右・背腹・頭尾方向を定義し、すべての標本で一貫した方法で角度を測定しました。
このように、胎児期の形態に適した基準座標系を設定したことが、本研究の重要な特徴です。
測定した角度
本研究では、骨盤の傾きを多角的に評価するために、合計14種類の角度を測定しました。
大きく分けると、以下の2つです。
1. 骨盤傾斜角
腸骨、恥骨、坐骨、仙骨、寛骨臼などの位置関係から、骨盤がどの方向に傾いているかを評価する角度です。
たとえば、
- 上前腸骨棘と上後腸骨棘を結ぶ線による腸骨傾斜
- 上前腸骨棘と下後腸骨棘を結ぶ線による腸骨傾斜
- 仙骨上面と寛骨臼中心の関係
- 仙骨岬角と恥骨結合の関係
- 腸骨・坐骨・恥骨の相対的位置
などを評価しました。
2. 腰仙椎傾斜角
腰椎と仙骨の位置関係を表す角度です。
たとえば、L1から仙骨岬角へ向かう線と、S5から仙骨岬角へ向かう線のなす角度を測定しました。
これにより、骨盤だけでなく、腰椎と仙骨を含む脊柱骨盤アライメントの発達を評価しました。
主な結果
1. 女性胎児では、腸骨がより後方へ傾いていました
骨盤傾斜角のうち、腸骨の傾きを表す2つの角度で、有意な性差が見られました。
特に、上前腸骨棘と上後腸骨棘を結ぶ線を用いた腸骨傾斜角では、女性胎児のほうが男性胎児よりも腸骨がより後方へ傾いていることが分かりました。
具体的には、推定平均値として、
- 女性胎児:約**−19.6度**
- 男性胎児:約**−17.0度**
となり、女性胎児で約2.6度大きな後傾が認められました。
この差は小さく見えるかもしれませんが、胎児期の骨盤はまだ形成途上にあるため、発生学的には重要な違いと考えられます。
2. 腸骨の後傾は、成長とともに強くなりました
腸骨傾斜角は、性差だけでなく成長によっても変化しました。
頭殿長100 mm未満の胎児に比べ、100 mm以上の胎児では、腸骨がより後方へ傾いていました。
この傾向は男女ともに認められましたが、女性胎児では全体としてより後傾が強い傾向がありました。
つまり、胎児の成長に伴い、寛骨全体は徐々に後方へ回転するような変化を示し、その程度に性差があることが分かりました。
3. 男性胎児と女性胎児では、成長に伴う骨盤傾斜の変化パターンが異なりました
一部の骨盤傾斜角では、性別と成長段階の間に有意な相互作用が認められました。
これは、男性胎児と女性胎児で、単に角度が違うだけでなく、成長に伴う変化の仕方そのものが異なることを意味します。
たとえば、仙骨上面から寛骨臼中心へ向かう角度や、仙骨岬角から恥骨結合へ向かう角度では、男性胎児では頭殿長100 mm未満から100 mm以上にかけて角度が低下しました。
一方、女性胎児ではその変化が比較的小さく、より安定した傾向を示しました。
このことは、骨盤の前方構造、すなわち寛骨臼や恥骨の位置関係が、男女で異なる発達軌道をたどる可能性を示しています。
4. 腰椎と仙骨の関係にも性差がありました
腰仙椎傾斜角でも性差が認められました。
L1、仙骨岬角、S5を用いた角度では、男性胎児のほうが女性胎児よりも大きな値を示しました。
推定平均値は、
- 女性胎児:約166.3度
- 男性胎児:約170.2度
でした。
この結果は、女性胎児では男性胎児に比べて、仙骨がより背側に位置する、あるいは腰椎と仙骨の位置関係が異なることを示しています。
つまり、骨盤そのものだけでなく、腰椎・仙骨を含む脊柱骨盤の配列にも、胎児期から性差があることが分かりました。
5. 骨盤傾斜と腰仙椎傾斜は、別々の発達パターンを示しました
本研究では、14種類の角度をまとめて解析するために、主成分分析を行いました。
その結果、骨盤と腰仙椎の向きには、大きく2つの主要なパターンがあることが分かりました。
第1主成分
主に骨盤傾斜角によって説明されました。
これは、寛骨、つまり腸骨・恥骨・坐骨を含む骨盤本体の回転を反映すると考えられます。
第2主成分
主に腰仙椎傾斜角によって説明されました。
これは、仙骨と腰椎の位置関係を反映すると考えられます。
この結果は、胎児期の骨盤発達において、寛骨の回転と仙骨・腰椎の傾きが、ある程度独立した発達パターンをもつことを示しています。
骨盤全体の傾きは、これら2つの発達軌道が組み合わさって形成されると考えられます。
この研究から見えてきたこと
本研究の結果から、ヒト胎児の骨盤傾斜には、一次骨化が始まる時期からすでに性差があることが示されました。
特に重要なのは、性差が単一の角度だけに現れるのではなく、腸骨の傾き、恥骨や寛骨臼との関係、腰椎と仙骨の配列など、複数の要素に分布している点です。
つまり、胎児期の骨盤性差は「この1か所が違う」という単純なものではありません。
骨盤を構成する複数の部位が、それぞれ少しずつ異なる方向や速度で発達することで、全体として男女差が形成されていくと考えられます。
なぜ胎児期に骨盤の性差が生じるのか
骨盤の性差には、遺伝的要因やホルモン環境が関与している可能性があります。
ヒトでは、妊娠8〜9週ごろから男性胎児の精巣でステロイドホルモンの分泌が始まり、妊娠8〜14週ごろは男性化プログラミング・ウィンドウと呼ばれる重要な時期とされています。
本研究の対象には、妊娠9週以降に相当する胎児が含まれているため、この時期にはすでに性特異的な遺伝的・ホルモン的影響が骨盤形態に及び始めている可能性があります。
また、骨盤の形は、将来的には姿勢や荷重、二足歩行、筋骨格系の発達とも関係します。
胎児期の時点でみられる小さな性差が、出生後の成長や思春期の変化を通じて、成人の骨盤形態の違いへつながっていく可能性があります。
この研究の意義
本研究は、ヒト胎児の骨盤傾斜と腰仙椎傾斜をMRI画像から三次元的に解析し、出生前の骨盤性差を明らかにした研究です。
今回の成果から、
- 骨盤傾斜には胎児期早期から性差があること
- 女性胎児では男性胎児より腸骨が後方へ傾くこと
- 腸骨の後傾は成長とともに強くなること
- 一部の骨盤角度では、男女で成長に伴う変化の仕方が異なること
- 腰仙椎の傾斜にも性差があること
- 寛骨の回転と仙骨・腰椎の傾きは、独立した発達パターンを示すこと
- 骨盤性差は単一の指標ではなく、複数の角度に分布して現れること
が明らかになりました。
これらの知見は、ヒト骨盤の正常発生を理解するための重要な基礎資料です。
また、出生後の姿勢、脊柱骨盤アライメント、腰椎前弯、二足歩行、骨盤形態の性差を理解するうえでも重要な手がかりとなります。
臨床とのつながり
骨盤傾斜は、出生後の姿勢や脊柱アライメントに大きく関わります。
小児や成人では、骨盤の向きが腰椎前弯、脊柱変形、歩行姿勢、股関節や仙腸関節への負荷と関連することが知られています。
今回の研究は、こうした骨盤傾斜の個人差や性差が、胎児期の早い段階から始まっている可能性を示しています。
将来的には、
- 小児の脊柱側弯症や姿勢異常
- 腰椎前弯の発達
- 仙腸関節の形態異常
- 股関節・骨盤の発達異常
- 思春期以降の骨盤性差の形成
を理解するための発生学的基盤になる可能性があります。
ただし、本研究は胎児標本を用いた形態解析であり、出生後の姿勢や運動機能を直接追跡したものではありません。
今後は、出生後の成長過程とつなげた研究が必要です。
従来の研究との違い
これまで、骨盤傾斜や脊柱骨盤アライメントの研究は、主に小児、思春期、成人を対象として行われてきました。
胎児期の骨盤形態に関する研究はありましたが、早期胎児期から骨盤傾斜の性差を定量的に調べた研究は限られていました。
本研究では、
- 胎児72例という比較的大きな標本数
- MRIによる三次元再構築
- 胎児に適した座標軸の設定
- 12種類の骨盤傾斜角と2種類の腰仙椎傾斜角の測定
- 性別、成長段階、両者の相互作用を含む統計解析
- 主成分分析による骨盤傾斜パターンの整理
を組み合わせることで、胎児期における骨盤傾斜の性差を多角的に示しました。
特に、骨盤性差が「骨盤の幅」だけでなく、「骨盤の向き」にも現れることを示した点が、本研究の大きな特徴です。
今後の展望
今後は、胎児期の骨盤発生をさらに詳しく理解するために、
- より多様な集団での再検証
- 妊娠週数ごとの詳細な解析
- 仙腸関節の形態形成との関係
- 腰椎前弯形成との関連
- 股関節形成との関連
- 性ホルモンや遺伝的要因との関係
- 出生後の小児骨盤・脊柱アライメントとの連続的解析
- 胎児MRIや超音波診断への応用
を進める必要があります。
骨盤は、歩行、姿勢、出産、脊柱アライメントに関わる重要な構造です。
その基本的な形や傾きが胎児期にどのように決まっていくのかを明らかにすることは、ヒトの成長発達を理解するうえで重要です。
論文・研究情報
論文タイトル
Prenatal sexual dimorphism in human pelvic tilt at the onset of fetal ossification
著者
Toru Kanahashi, Jun Matsubayashi, Hirohiko Imai, Shigehito Yamada, Hiroki Otani, Tetsuya Takakuwa
Developmental Dynaamics, DOI: 10.1002/dvdy.70165
ひとこと
骨盤の男女差というと、思春期以降や成人で現れるものという印象があります。
しかし今回の研究では、骨盤の傾きに関する性差が、胎児期の比較的早い段階、一次骨化が始まるころからすでに認められることが分かりました。
女性胎児では腸骨がより後方へ傾き、腰椎と仙骨の位置関係にも男性胎児とは異なる特徴が見られました。
これらの違いは小さなものですが、骨盤の発達が男女で異なる軌道をたどり始めていることを示しています。
骨盤は、出生後の姿勢や歩行、脊柱の形、さらには成人期の骨盤機能にも関わる重要な構造です。
その「最初の違い」を胎児期に見つけることは、ヒトの身体がどのように性差をもって形づくられていくのかを理解するための大切な一歩になると考えています。

