ヒト胚期の脳胞成長を定量解析-どの部分が、どの方向へ伸びていく?-
1 min read

ヒト胚期の脳胞成長を定量解析-どの部分が、どの方向へ伸びていく?-

中島さんは修士研究で、ヒト胚期における脳の初期構造である脳胞が、発生段階に応じてどのように成長していくのかを、MRI顕微鏡画像を用いて定量的に解析しました。

ヒトの脳は、発生初期には単純な神経管から始まります。
その頭側部分がふくらみ、やがて前脳胞・中脳胞・菱脳胞という基本構造を形成します。
これらの脳胞は、その後の大脳、間脳、中脳、脳幹、小脳などのもとになる重要な構造です。

本研究では、京都コレクションのヒト胚MRI画像データから、Carnegie stage 17〜23の177例を対象に、胚全体の体積、脳胞の長さ、脳胞各領域の成長、脊髄の長さを解析しました。

その結果、CS17からCS23にかけて胚全体の体積は急速に増加し、脳胞の長さもほぼ直線的に伸びることが分かりました。
特に、脳胞の成長は腹側よりも背側で顕著であり、その増加の多くは前脳胞の背側領域の成長によるものでした。

本研究成果は、2011年10月13日に公開されました。


研究の背景

ヒト胚の発生は、外から見た形が大きく変化するだけでなく、体内の臓器も同時にダイナミックに形成されていく過程です。

ヒト胚の発生段階を表す指標として、Carnegie stageが広く用いられています。
Carnegie stageは、単に大きさや日数だけで決めるのではなく、外表形態や内部臓器の発達状態に基づいて定義される、非常に重要な発生段階分類です。

一方で、発生をより詳しく理解するためには、段階ごとの定性的な記載だけでなく、

  • どの構造がどれくらい大きくなるのか
  • どの方向に伸びるのか
  • 背側と腹側で成長速度に差があるのか
  • 個体差はどの程度あるのか

といった定量的な情報も必要です。

しかし、ヒト胚の内部構造を定量的に測定することは、従来は容易ではありませんでした。
古典的な組織切片では、詳細な組織構造を観察できる一方で、三次元的な形や長さを正確に測るには多くの手間がかかります。

そこで本研究では、非破壊的にヒト胚内部を観察できるMRI顕微鏡画像を用いて、脳胞と脊髄の形態を三次元的に解析しました。


脳胞とは何か

脳は、発生初期には神経管という管状構造から始まります。
この神経管の頭側部分がふくらみ、まず大きく3つの脳胞に分かれます。

  • 前脳胞
    将来の大脳半球、間脳などにつながる領域
  • 中脳胞
    将来の中脳につながる領域
  • 菱脳胞
    将来の橋、延髄、小脳などにつながる領域

これらの脳胞は、完成した脳の部品そのものではなく、脳全体の基本設計図ともいえる構造です。
胚期には、これらの脳胞が伸び、曲がり、ふくらみながら、複雑な脳の原型をつくっていきます。

特にヒトでは、前脳胞の発達が後の大脳形成に深く関わるため、前脳胞がどのように成長するかを定量的に理解することは重要です。


研究の方法

本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているヒト胚標本のMRI顕微鏡画像を用いました。

対象は、外表上明らかな異常がなく、頭頸部の軸が保存され、画像品質が良好なCS17〜CS23の177例です。
各発生段階につき、25例以上を解析しました。

MRI画像データから三次元画像を再構築し、側面像を用いて以下の長さを測定しました。

  • 脳胞全体の長さ
  • 脳胞の背側長
  • 脳胞の腹側長
  • 前脳胞の背側・腹側長
  • 中脳胞の背側・腹側長
  • 菱脳胞の背側・腹側長
  • 脊髄の長さ
  • 尾部を除いた脊髄の長さ
  • 胚全体の体積

脳胞と脊髄の境界は、第1頚椎の高さを基準にしました。
また、前脳胞・中脳胞・菱脳胞の区分には、嗅球、乳頭上陥凹、後交連、峡部陥凹、峡部溝などの解剖学的ランドマークを用いました。


主な結果

1. 胚全体の体積はCS17からCS23にかけて急速に増加しました

胚全体の体積は、CS17では平均約106.55 mm³でした。
その後、発生段階が進むにつれて急速に増加し、CS23では平均約1357.28 mm³に達しました。

つまり、CS17からCS23という比較的短い期間に、胚全体は大きく成長していました。

この時期は、外表の形が変わるだけでなく、脳、脊髄、心臓、消化器、肝臓、四肢など、多くの臓器が同時に発達する重要な時期です。
胚全体の体積増加は、こうした全身的な器官形成の進行を反映していると考えられます。


2. 脳胞全体の長さは、ほぼ直線的に増加しました

脳胞全体の長さは、CS17では平均約29.83 mmでした。
これがCS23では平均約49.31 mmとなり、発生段階に伴ってほぼ直線的に伸びていました。

脳胞は単に大きくふくらむだけではありません。
発生中には、頭部屈曲、頚部屈曲、橋屈曲などの形態変化を伴いながら、全体として複雑に曲がった構造を形成していきます。

本研究では、三次元画像を用いることで、こうした曲がりを含めた脳胞の長さを定量的に評価することができました。


3. 脳胞は腹側よりも背側で大きく伸びました

脳胞の背側と腹側を分けて測定すると、興味深い違いが見られました。

CS18からCS23にかけて、脳胞の背側長は明らかに増加しました。
一方、腹側長の増加は比較的小さなものでした。

その結果、脳胞の成長率は、腹側よりも背側で約4.2倍高いことが示されました。

これは、胚期の脳が全体として均一に伸びるのではなく、背側領域でより活発に成長していることを意味します。
この背側優位の成長は、将来の大脳半球や脳背側構造の発達と関係している可能性があります。


4. 脳胞の伸長は、主に前脳胞の成長によるものでした

脳胞を前脳胞・中脳胞・菱脳胞に分けて解析したところ、脳胞全体の長さの増加には、特に前脳胞の成長が大きく寄与していました。

前脳胞の背側長は、CS18では平均約5.65 mmでした。
これがCS23では平均約13.75 mmまで増加しました。

一方、中脳胞の背側長はやや増加したものの、変化は前脳胞ほど大きくありませんでした。
菱脳胞の背側長は、CS18からCS23にかけてほぼ一定でした。

この結果から、CS18以降の脳胞全体の伸長は、主に前脳胞、とくにその背側領域の発達によって生じていることが分かりました。


5. 前脳胞では、背側の成長が腹側より約3倍大きくなりました

前脳胞の腹側長も発生とともに増加しましたが、その増加は背側に比べると小さいものでした。

前脳胞では、背側の成長率が腹側の約3倍高いことが示されました。

これは、前脳胞が発生中に背側へ大きく拡大していくことを意味します。
将来の大脳半球や終脳領域の発達を考えるうえで、非常に重要な所見です。

完成したヒト脳では大脳が大きな割合を占めますが、その特徴的な発達は、すでに胚期後半の前脳胞の背側成長として現れ始めていると考えられます。


6. 中脳胞と菱脳胞では、長さの変化は比較的小さく安定していました

中脳胞では、背側長がCS18からCS23にかけてやや増加しました。
しかし、その増加は前脳胞ほど顕著ではありませんでした。

菱脳胞では、背側長・腹側長ともに大きな変化はなく、比較的安定していました。

これは、中脳胞や菱脳胞がこの時期に発達していないという意味ではありません。
むしろ、これらの領域では単純な長さの増加よりも、屈曲、内部構造の分化、神経核や神経路の形成など、別の形で発達が進んでいる可能性があります。


7. 脊髄はCS20以降に大きく伸び、尾部は短縮しました

脊髄の長さは、CS17からCS20までは比較的一定でした。
その後、CS23にかけて徐々に増加し、CS23では平均約42.82 mmに達しました。

一方で、尾部に相当する領域はCS17では比較的長く認められましたが、CS20までに短縮し、CS20以降ではほとんど認められなくなりました。

これは、ヒト胚発生において外表上の尾部が退縮していく現象を、神経管・脊髄の長さの変化として定量的に示したものと考えられます。


この研究の意義

本研究は、ヒト胚期の脳胞と脊髄の成長を、MRI顕微鏡画像を用いて多数例で定量的に解析した研究です。

今回の成果から、

  • CS17からCS23にかけて胚全体の体積が急速に増加すること
  • 脳胞全体の長さはほぼ直線的に増加すること
  • 脳胞は腹側より背側で大きく伸びること
  • 脳胞の伸長は主に前脳胞の成長によること
  • 前脳胞では背側成長が腹側成長より顕著であること
  • 中脳胞と菱脳胞の長さは比較的安定していること
  • 脊髄はCS20以降に伸長すること
  • 尾部に相当する神経管領域はCS20までに短縮すること

が明らかになりました。

これらの知見は、ヒト胚期における脳・脊髄発生の正常な成長パターンを理解するための重要な基礎資料です。
また、発生遅延、神経管閉鎖異常、脳胞形成異常、頭部屈曲異常などを評価するための基準づくりにもつながる可能性があります。


従来の研究との違い

従来、ヒト胚の定量解析は、主に頭殿長や体重など、外から測定できる指標に限られていました。
内部構造の発達については、組織切片を用いた詳細な観察が中心でしたが、多数例で三次元的な長さや体積を測ることは容易ではありませんでした。

本研究では、MRI顕微鏡画像を用いることで、標本を壊さずに内部構造を観察し、脳胞や脊髄の長さを定量的に測定することができました。

特に、

  • 177例という多数のヒト胚データを用いたこと
  • 脳胞を背側・腹側に分けて解析したこと
  • 前脳胞・中脳胞・菱脳胞を解剖学的ランドマークで区分したこと
  • 胚全体の体積と神経系の成長を同時に評価したこと

が、本研究の大きな特徴です。

これにより、ヒト胚脳の発生を「どの段階で、どの部位が、どの方向へ伸びるのか」という観点から具体的に示すことができました。


脳発生研究へのつながり

ヒトの脳は、出生後も長く発達を続ける臓器ですが、その基本的な構造は胚期に形づくられます。

本研究で示された前脳胞背側の顕著な成長は、将来の大脳形成に向かう重要な初期変化と考えられます。
また、脳胞の背側と腹側で成長速度が異なることは、脳の形が単純な拡大ではなく、領域ごとの成長差によってつくられることを示しています。

このような定量データは、

  • 正常な脳発生の基準
  • ヒト胚と他の哺乳類胚の比較
  • 脳奇形の発生機序の理解
  • 発生遅延の評価
  • 遺伝的・環境的要因による発生異常の解析

に役立つ可能性があります。


今後の展望

今後は、ヒト胚脳発生をさらに詳しく理解するために、

  • CS13〜CS16のより早期の脳胞形成の解析
  • CS23以降の胎児期脳発達との連続的解析
  • 脳胞の体積変化の詳細解析
  • 脳室系との対応関係の解析
  • 組織学的分化との統合
  • 神経核・神経路形成との関連解析
  • ヒト以外の哺乳類との比較
  • 脳発達異常例との比較

を進める必要があります。

われわれの研究室では今後も、京都コレクションの貴重なヒト胚標本と三次元画像解析技術を用いて、脳や神経系がどのように形づくられていくのかを明らかにしていきます。


論文情報

論文タイトル
Morphometric analysis of the brain vesicles during the human embryonic period by magnetic resonance microscopic imaging

著者
Takashi Nakashima, Ayumi Hirose, Shigehito Yamada, Chigako Uwabe, Katsumi Kose, Tetsuya Takakuwa

公開日
2011年10月13日

DOI
https://doi.org/10.1111/j.1741-4520.2011.00345.x


ひとこと

ヒトの脳は、最初から複雑な形をしているわけではありません。
神経管という単純な管から始まり、その頭側がふくらんで脳胞となり、さらに各領域が異なる方向へ伸びながら、将来の脳の原型をつくっていきます。

今回の研究では、脳胞全体が均一に大きくなるのではなく、特に前脳胞の背側が大きく伸びることを定量的に示しました。
これは、将来の大脳発達につながる初期の重要な変化と考えられます。

小さなヒト胚の中では、すでに脳の各領域が異なる成長パターンを示しながら、精密な形づくりを始めています。
その正常な成長の道筋を数値として示すことは、ヒト脳発生の理解だけでなく、発生異常を見つけるための基盤にもなると考えています。