肝臓は、周囲の臓器とともにどのように形づくられるのか
廣瀬さんは修士研究で、ヒト胚期における肝臓の形態形成と成長過程を、MRI顕微鏡画像を用いて三次元的に解析しました。
肝臓は、発生初期から急速に成長する臓器です。
胚期から胎児期にかけて腹腔内の大きな部分を占め、胎児期には造血や代謝に関わる重要な器官として働きます。
一方で、胚期の肝臓は単独で形づくられるわけではありません。
心臓、横隔膜、胃、臍部、腹壁、副腎など、周囲の臓器や組織と密接に接しながら発達します。
そのため、肝臓の表面には、周囲臓器の発達を反映したくぼみや隆起が段階的に現れます。
本研究では、京都コレクションのヒト胚MRIデータから、Carnegie stage 14〜23の67例を対象に、肝臓と周囲臓器を三次元再構築しました。
その結果、胚期肝臓の形態は発生段階ごとに特徴的に変化し、周囲臓器の発達を反映した一時的なくぼみや突出が形成されることが分かりました。
また、肝臓の体積はCS14からCS23にかけて指数関数的に増加し、成長方向も発生段階に応じて変化することが明らかになりました。
本研究成果は、2011年11月18日に公開されました。
研究の背景
肝臓は、発生中のヒト胚・胎児において非常に重要な臓器です。
成人の肝臓は、
- 栄養代謝
- 解毒
- 胆汁産生
- 血漿タンパク質の産生
- 糖や脂質の代謝
などを担います。
一方、胎児期の肝臓はこれらに加えて、造血器官としても重要です。
ヒトでは妊娠6週ごろから肝臓で造血が始まり、妊娠8週ごろにはアルブミン、胆汁、グリコーゲン、胎児特異的タンパク質などの産生も始まるとされています。
肝臓は、発生初期に前腸から生じる肝芽として始まります。
その後、内胚葉由来の肝細胞索と、周囲の間葉・血管系が複雑に組み合わさりながら発達します。
また、肝臓は早い時期から血管形成の中心的な場となり、卵黄静脈や臍静脈、肝静脈、下大静脈などが再構築されます。
しかし、胚期肝臓の外形がどのように変化するのか、またその形が周囲臓器の発達とどのように関係するのかについては、これまで十分な三次元的データがありませんでした。
そこで本研究では、MRI顕微鏡画像を用いて、ヒト胚肝臓の外部形態、成長方向、体積変化、周囲臓器との関係を詳しく解析しました。
研究の方法
本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているヒト胚標本のMRI顕微鏡画像を用いました。
対象は、外表上明らかな異常がなく、体軸が保たれ、肝臓・胃・下大静脈などが正常な位置にあるCS14〜CS23の67例です。
MRI画像から、肝臓および周囲臓器を抽出し、三次元再構築を行いました。
解析には、OsiriXやDeltaViewerなどの画像解析ソフトウェアを用いました。

再構築した主な構造は以下の通りです。
- 肝臓
- 心臓
- 肺
- 胃
- 臍部
- 腹壁
- 右・左副腎
- 後腎
- 生殖腺
- 臍静脈
- 門脈
- 静脈管
- 肝静脈
- 下大静脈
また、肝臓の成長を評価するために、三次元座標軸を設定し、
- 頭尾方向の長さ
- 左右方向の長さ
- 背腹方向の長さ
- 肝臓体積
- 胚全体体積
- 体幹高
を測定しました。
主な結果
1. 肝臓の形は、周囲臓器の発達を強く反映していました
胚期の肝臓は、発生段階に応じて特徴的な外形を示しました。
その形は、肝臓そのものの成長だけでなく、周囲にある臓器や組織の発達によって大きく影響されていました。
特に影響が大きかったのは、
- 心臓
- 横隔膜
- 胃
- 臍部
- 腹壁
- 右副腎
でした。
肝臓表面に形成されるくぼみや隆起は、単なる偶然の形ではなく、周囲臓器との位置関係を反映した発生段階特有の形態であることが分かりました。
心臓との関係
2. CS17〜CS19に、心臓による一時的なくぼみが形成されました

CS15〜CS16では、左右の心室が肝臓の頭側面に接しており、肝臓の頭側には左右に隆起が見られました。
CS17以降になると、左心室が左内側・尾側方向へ発達しました。
その結果、肝臓の左内側頭側面に明瞭なくぼみが形成されました。
本研究では、この特徴的なくぼみを心臓によるくぼみとして捉えました。
このくぼみはCS17〜CS19で明瞭に観察され、CS18ごろに最も深くなりました。
その後、CS20以降になると、このくぼみは次第に消失しました。
CS21以降では、多くの症例で明瞭ではなくなりました。
これは、横隔膜の形成が進み、胸腔と腹腔が明確に分けられていくことと関係していると考えられます。
3. 横隔膜の発達により、肝臓と胸部臓器の関係が変化しました
CS14〜CS18では、肺は肝臓の背側に近接していました。
しかし、CS19以降になると、発達する横隔膜によって肺と肝臓は明瞭に分けられるようになりました。
そのため、肺自体は胚期肝臓の形態形成に大きな影響を与えていないと考えられました。
一方で、心臓はCS17〜CS19の肝臓頭側面に一時的な形態変化を引き起こしていました。
その後、横隔膜が発達すると、肝臓頭側面の形はより安定していきます。
このことから、肝臓の頭側面の形は、心臓の発達と横隔膜形成の進行を反映する可能性があります。
胃との関係
4. 胃によるくぼみは、発生とともに深く明瞭になりました

肝臓の背側・尾側面は、胃の発達によって大きく形を変えました。
CS15ごろには、胃は肝臓の左内側背側面に浅いくぼみを形成していました。
その後、胃が成長し、大彎・小彎を形成しながら三次元的に回転・変形するにつれて、肝臓表面のくぼみも変化しました。
CS18では、胃の口側部分が肝臓の背側尾側面にくぼみをつくりました。
さらにCS19以降では、胃の肛門側部分がループ状になり、将来の幽門前庭部に相当する構造を形成しました。
これにより、肝臓の尾側面には特徴的な平坦面が観察されました。
CS23になると、胃によるくぼみはさらに明瞭になり、肝臓表面に深い胃の圧痕として認識されました。
この結果から、肝臓の背側・尾側面は、胃の形態形成と密接に連動して変化することが分かりました。
臍部との関係
5. CS16〜CS19に、臍部による一時的なくぼみが形成されました
胚期の肝臓は、腹側では腹壁や臍部と接しています。
CS15では、肝臓は側面から見ると扇形のような形を示しました。
CS17〜CS18になると、肝臓の腹側内側部に明瞭なくぼみが形成されました。
このくぼみは、臍静脈の流入や、腸管が生理的に臍帯内へ突出することと関係していると考えられます。
胚期には、腸管が一時的に臍帯内へ入り込む生理的臍帯ヘルニアが起こります。
この現象によって腹腔内の空間や臓器配置が大きく変化し、肝臓表面にも影響を及ぼしていたと考えられます。
CS20以降になると、臍部によるくぼみは消失しました。
これは、臍帯の位置が腹部のより尾側へ移動し、腹部全体の屈曲や形態が変化するためと考えられます。
副腎との関係
6. CS20以降、右副腎によるくぼみが肝臓背側尾側面に形成されました

後腹膜臓器のうち、肝臓の形に明瞭な影響を与えていたのは右副腎でした。
副腎は胚期から胎児期にかけて非常に発達する臓器です。
CS19ごろから右副腎が肝臓に接するようになり、CS20以降ではすべての症例で、右副腎によるくぼみが肝臓の背側尾側面に観察されました。
一方、左副腎は胃によって肝臓から隔てられていたため、肝臓表面には明瞭な影響を与えていませんでした。
後腎や生殖腺はCS21以降にMRI画像で確認できましたが、胚期の時点では肝臓の外形に明らかな影響を与えていませんでした。
このように、右副腎によるくぼみは、CS20以降の肝臓形態を特徴づける重要な所見でした。
肝臓の成長
7. 肝臓体積はCS14からCS23にかけて指数関数的に増加しました
肝臓体積を測定したところ、CS14では平均約0.85 mm³でした。
これがCS23では平均約77.40 mm³となり、発生段階が進むにつれて急速に増加しました。
胚全体の体積も同様に増加しましたが、肝臓が胚全体に占める割合も徐々に増えていました。
肝臓体積の胚全体体積に対する割合は、
- CS14:約2.8%
- CS22:約5.7%
へと増加しました。
つまり、胚期後半にかけて、肝臓は胚全体の中で相対的にも大きな臓器になっていくことが分かりました。
8. 肝臓の成長方向は発生段階によって変化しました
肝臓の長さを三方向で測定すると、成長方向が発生段階に応じて変化していることが分かりました。
本研究では、肝臓の成長方向を次のように整理できます。
CS17まで
肝臓は主に、
- 背腹方向
- 左右方向
へ発達していました。
CS17〜CS19
この時期には、
- 頭尾方向
への成長が目立つようになりました。
CS19以降
CS19以降では、
- 左右方向
- 背腹方向
- 頭尾方向
のすべての方向へ成長するようになりました。
この変化には、横隔膜の分化、胚体軸の伸長、生理的臍帯ヘルニアによる腹腔内空間の変化などが関係していると考えられます。
肝臓は単に大きくなるだけでなく、周囲の空間や臓器配置の変化に応じて、成長方向を変えながら発達していました。
9. CS18以降、肝臓は腹腔の約4分の3を占めるほど大きくなりました
本研究では、体幹高を用いて、腹腔の頭尾方向の成長と肝臓の大きさの関係を調べました。
CS14〜CS17では、肝臓の頭尾方向の長さは体幹高の約半分でした。
しかしCS18以降では、肝臓は体幹高の約4分の3に相当するほど大きくなりました。
これは、胚期後半の肝臓が腹腔内で非常に大きな存在であることを示しています。
この時期の肝臓は、将来の代謝臓器としてだけでなく、胎児期の造血臓器としても重要な準備を進めていると考えられます。
肝臓の血管構築
10. 肝臓の流入血管系は、CS14ごろにはすでに非対称化していました
肝臓の発生では、臍静脈、門脈、静脈管、下大静脈などの血管系が重要です。
本研究では、CS14〜CS23の血管構築をMRI画像から観察しました。
その結果、多くの症例では、CS14の段階ですでに肝臓の血管構築は左右非対称の状態になっていました。
特に、右臍静脈は左右対称期の重要な指標ですが、本研究ではほとんどの症例でCS14までに右臍静脈が消失していました。
このことから、肝臓の基本的な非対称血管構築は、CS13〜CS14ごろに獲得される可能性が示されました。
11. 右・左・中肝静脈は、多くの症例でCS15以降に確認されました
肝臓から血液が出ていく経路である肝静脈についても解析しました。
右肝静脈、左肝静脈、中肝静脈の3本は、CS15以降の多くの症例で確認されました。
一方で、肝静脈の見え方や組み合わせには個体差も認められました。
この結果は、肝臓の流出血管系も胚期早期に形成される一方で、その細かな分岐や配置には一定の個体差があることを示しています。
ただし、MRI画像で観察できる血管には解像度上の限界があるため、より細かな肝内血管構築を理解するには、今後さらに高解像度の解析が必要です。
この研究の意義
本研究は、ヒト胚期における肝臓の外部形態と成長を、MRI顕微鏡画像を用いて三次元的・定量的に解析した研究です。
今回の成果から、
- 胚期肝臓の形態は周囲臓器の発達を強く反映すること
- CS17〜CS19に心臓による一時的なくぼみが形成されること
- 胃による圧痕は発生とともに深く明瞭になること
- CS16〜CS19に臍部による一時的なくぼみが形成されること
- CS20以降、右副腎によるくぼみが肝臓背側尾側面に形成されること
- 肝臓体積はCS14〜CS23にかけて指数関数的に増加すること
- 肝臓の成長方向は、発生段階に応じて変化すること
- CS18以降、肝臓は腹腔の大きな部分を占めること
- 肝臓の基本的な非対称血管構築はCS13〜CS14ごろに獲得される可能性があること
- 右・左・中肝静脈はCS15以降に多くの症例で確認されること
が明らかになりました。
これらの知見は、正常なヒト肝臓発生を理解するための重要な基礎資料です。
また、肝臓そのものの発生異常だけでなく、心臓、横隔膜、胃、臍部、副腎など、周囲臓器の発達異常を理解するうえでも役立つ可能性があります。
従来の研究との違い
これまで、胚期肝臓の形態研究は、組織切片や模型作製に基づくものが中心でした。
これらの研究は非常に重要ですが、肝臓全体の三次元的な外形変化や、周囲臓器との空間的関係を多数例で定量的に評価することは困難でした。
本研究では、MRI顕微鏡画像を用いることで、標本を壊さずに肝臓と周囲臓器を三次元的に観察できました。
特に、
- 肝臓表面のくぼみや隆起を発生段階ごとに整理したこと
- 周囲臓器が肝臓形態に与える影響を三次元的に示したこと
- 肝臓体積と三方向の長さを定量化したこと
- 血管構築の非対称化や肝静脈形成を解析したこと
が、本研究の大きな特徴です。
肝臓の形を「肝臓だけの問題」としてではなく、周囲臓器との相互関係の中で捉えた点に意義があります。
出生前診断へのつながり
近年、妊娠初期から超音波やMRIによる胎児診断が進歩しています。
しかし、胚期の正常発生に関する三次元的・定量的な基準はまだ十分ではありません。
本研究で示した胚期肝臓の正常な形態変化は、
- 肝臓発育の評価
- 肝臓位置異常の理解
- 横隔膜形成異常の評価
- 胃や腸管の位置異常の評価
- 臍部形成異常の理解
- 副腎や後腹膜臓器との関係評価
- 肝血管系異常の発生学的理解
に役立つ可能性があります。
特に、肝臓表面の形は周囲臓器の発達を映し出す「地図」のようなものです。
肝臓のくぼみや隆起を詳しく見ることで、肝臓だけでなく、周囲臓器が正常に発達しているかを推定できる可能性があります。
今後の展望
今後は、胚期肝臓発生をさらに詳しく理解するために、
- CS11〜CS13の肝芽形成期の三次元解析
- CS23以降の胎児期肝臓との連続的解析
- 肝臓表面のくぼみ・隆起の定量化
- 横隔膜形成異常との比較
- 胃・十二指腸・腸管発生との統合解析
- 肝内血管系のより高解像度解析
- 胆道系形成との関連解析
- 先天性肝形態異常との比較
- 胎児超音波・MRI診断への応用
を進める必要があります。
われわれの研究室では今後も、京都コレクションの貴重なヒト胚標本と三次元画像解析を活用し、臓器が単独ではなく、周囲の臓器とともにどのように形づくられていくのかを明らかにしていきます。
論文情報
論文タイトル
Embryonic Liver Morphology and Morphometry by Magnetic Resonance Microscopic Imaging
著者
Ayumi Hirose, Takashi Nakashima, Shigehito Yamada, Chigako Uwabe, Katsumi Kose, Tetsuya Takakuwa
公開日
2011年11月18日
DOI
https://doi.org/10.1002/ar.21496
ひとこと
胚期の肝臓は、発生初期から急速に大きくなる臓器です。
しかし、その形は肝臓だけで決まるわけではありません。
心臓が近くにある時期には頭側面にくぼみができ、胃が成長すると背側に圧痕が刻まれ、臍部や腸管の動きによって腹側の形が変わり、右副腎が発達すると背側尾側に新たなくぼみができます。
つまり、肝臓の表面には、周囲の臓器がどのように発達してきたかの「足跡」が残されています。
今回の研究では、MRI顕微鏡画像を用いることで、その変化を三次元的に可視化し、数値として示すことができました。
肝臓の正常な形づくりを理解することは、肝臓そのものだけでなく、腹部全体の臓器配置や発生異常を理解するための大切な基盤になると考えています。



