ヒト胚の耳は、本当に「上へ移動」する?

神楽所さんは卒業研究で、ヒト胚期において外耳がどのように位置を変えていくのかを、MRI画像データを用いて三次元的に解析しました。
外耳は、顔を構成する重要な構造の一つです。
発生初期のヒト胚では、外耳は完成した顔の位置とは異なり、首に近い低い位置に見えます。
その後、顔の発達とともに、外耳は頭部の側面、目の高さに近い位置へ「上がっていく」と説明されることがよくあります。
しかし、この「耳が上へ移動する」という表現は、本当に外耳そのものが頭側へ移動していることを意味するのでしょうか。
それとも、顔や頭部全体の形が変わることで、相対的に耳が上へ移動したように見えているのでしょうか。
本研究では、京都コレクションのヒト胚MRIデータから、Carnegie stage 17〜23の171例を対象に、外耳、内耳、眼、鼻、口、下垂体原基、第1頚椎など13個の解剖学的ランドマークの三次元座標を解析しました。
その結果、外耳は絶対的な座標で見ると主に外側方向へ移動しており、頭側方向への大きな移動は認められませんでした。
一方で、眼や口を基準にした顔面上の相対的位置として見ると、外耳は発生に伴って「下方から上方へ移動している」ように見えることが分かりました。
つまり、外耳の位置変化は、外耳が単独で大きく移動するというより、顔面や頭部の差次的成長によって説明できることが示されました。
本研究成果は、2012年2月1日に Head & Face Medicine に掲載されました。
研究の背景
ヒトの顔は、発生初期に非常に大きく形を変えます。
眼、鼻、口、耳、顎などの構造は、それぞれ異なる原基から形成され、発生段階に応じて位置関係を変えていきます。
外耳は、発生学的に特に興味深い構造です。
外耳は、第1鰓弓と第2鰓弓に生じる複数の耳介丘から形成されます。
発生初期には、外耳原基は口の近く、比較的低い位置に存在します。
その後、成長とともに頭部側面の耳らしい位置に見えるようになります。
多くの発生学の教科書では、この変化は「外耳が上昇する」と説明されています。
臨床的にも、耳が低い位置にある「低位耳」は、染色体異常や頭蓋顔面形成異常に関連する所見として知られています。
しかし、発生中の胚では、顔全体が大きく成長し、頭部の角度も変わり、顎や頭蓋底も発達します。
そのため、ある構造が「動いた」ように見えても、それは実際にその構造が移動したのではなく、周囲の成長によって相対的位置が変わっただけかもしれません。
このような考え方は、差次的成長と呼ばれます。
差次的成長とは、胚の各部分が異なる速度や方向で成長することで、構造の位置関係が変わって見える現象です。
そこで本研究では、外耳の位置変化が本当に外耳の移動なのか、それとも顔面・頭部全体の差次的成長によって説明できるのかを検討しました。
研究の方法
本研究では、京都大学の京都コレクションに保存されているヒト胚MRIデータを用いました。
対象は、外表上明らかな異常がなく、体軸が保たれ、画像品質が良好なCS17〜CS23の171例です。
各発生段階につき、18〜30例を解析しました。
MRI画像から三次元画像を再構築し、発生段階ごとに同じ拡大率で比較できるようにしました。
そして、頭顔面領域の13個のランドマークの三次元座標を取得しました。
解析したランドマーク

本研究では、外耳だけでなく、内耳や顔面の他の構造も含めて解析しました。
主なランドマークは以下の通りです。
- 外耳原基
- 第1鰓弓由来の耳介丘
将来の耳珠に関係する部位 - 第2鰓弓由来の耳介丘
将来の対耳珠に関係する部位
- 第1鰓弓由来の耳介丘
- 内耳
- 前庭に相当する部位
- 口
- 口窩
- 鼻
- 左右の鼻窩
- 眼
- 左右の水晶体胞
- 内部基準点
- 間脳漏斗、将来の下垂体に関係する部位
- 第1頚椎
外耳と内耳を同時に追跡した点が、本研究の重要な特徴です。
外耳は顔面表面の構造である一方、内耳は神経管近くに形成される比較的安定した内部構造です。
両者の関係を見ることで、外耳が内耳に対してどのように変化するのかを評価できます。
2つの基準軸で「動き」を評価しました
構造の移動を考えるとき、どこを基準にするかが非常に重要です。
同じ構造でも、基準点を変えると「動いているように見える方向」が変わることがあります。
本研究では、外耳の位置変化を2つの方法で評価しました。
方法1:内部構造を基準にした絶対的位置の評価
まず、比較的動きにくい内部構造として、
- 下垂体原基
- 第1頚椎
を基準軸にしました。
この方法では、胚全体を同じ拡大率で比較し、外耳や内耳が胚体内で実際にどの方向へ位置を変えているかを評価しました。
これは、外耳の「本当の三次元的位置変化」に近いものを見るための方法です。
方法2:眼と口を基準にした顔面上の相対的位置の評価
次に、顔面を正面から見るときの基準として、
- 左右の眼の中点
- 口
- 下垂体原基
を用いました。
この方法では、眼と口の距離をそろえて、顔面の中で外耳がどこに見えるかを評価しました。
これは、私たちが顔を見たときに感じる「耳の位置」を反映しやすい方法です。
臨床的に「耳が低い」「耳が上がる」と表現する場合、このような顔面上の相対的位置が関係します。
主な結果
1. 内部構造を基準にすると、外耳は主に外側へ広がっていました
下垂体原基と第1頚椎を基準にした解析では、発生が進むにつれて、顔面の各ランドマークは胚の成長に伴って広がっていきました。
眼、鼻、口などの顔面構造は、顔面の膨隆や成長に伴って位置を変えていました。
外耳と内耳も同様に、胚の成長に伴って基準点から離れていきました。
しかし、外耳について詳しく見ると、主な変化は頭側方向への移動ではなく、外側方向への移動でした。
つまり、外耳は「上へ大きく移動している」というよりも、顔面・頭部の成長に伴って左右方向へ広がっていることが示されました。
2. 外耳の頭尾方向の変化は限られていました
外耳と内耳の頭側・尾側方向の位置を解析すると、CS17からCS23の間で大きな頭側移動は認められませんでした。
特に、外耳と内耳は、頭尾方向では比較的限られた範囲にとどまっていました。
これは、「外耳が首の低い位置から頭側へ大きく移動する」という単純な説明とは異なる結果です。
このことから、外耳の見かけ上の上昇は、外耳そのものの大きな頭側移動ではなく、周囲の顔面構造の成長や角度変化によって生じる相対的な変化であると考えられます。
3. 外耳と内耳の距離は、ほぼ一定に保たれていました
外耳と内耳の関係を調べると、興味深い結果が得られました。
左右の外耳間距離は、発生が進むにつれて増加しました。
これは、顔面や頭部の左右方向の成長を反映していると考えられます。
左右の内耳間距離も増加しました。
これは、神経管周囲や頭蓋基部の左右方向の厚みが増すことを反映していると考えられます。
一方で、同じ側の外耳と内耳の距離は、CS17からCS23にかけてほぼ一定でした。
これは重要な所見です。
外耳と内耳は発生起源も位置も異なりますが、耳全体の構造として協調しながら発達していると考えられます。
外耳が内耳から大きく離れて移動するわけではなく、両者の距離関係は比較的保たれていました。
4. 外耳は内耳に対して、尾側・腹側から外側へ位置を変えました
三次元的に見ると、CS17では外耳は内耳の尾側かつ腹側に位置していました。
その後、CS23にかけて、外耳は主に外側方向へ位置を変えていきました。
外耳を内耳を基準にして見ると、発生中に外耳の位置関係は回転するように変化していました。
しかし、その変化も単純な頭側移動ではなく、顔面・頭蓋の立体的な成長の中で生じる位置関係の変化と考えられます。
5. 顔面上の相対的位置で見ると、外耳は「上へ移動」しているように見えました
一方、眼と口を基準にして顔面上の位置として評価すると、外耳の見え方は大きく変わりました。
この方法では、外耳はCS17では口よりも尾側・外側・腹側に位置していました。
その後、発生が進むにつれて、外耳は眼と口の間の位置へ近づくように見えました。
特にCS17からCS20にかけて、外耳の相対的位置は大きく変化し、CS21以降では眼と口の間に近い位置で比較的安定しました。
つまり、顔面のランドマークを基準にすると、外耳は確かに「上がってきた」ように見えます。
しかし、内部構造を基準にした解析では、外耳そのものが頭側へ大きく移動したわけではありませんでした。
なぜ「耳が上がる」ように見えるのか
6. 顔面と頭蓋底の成長が、耳の見かけの位置を変えていました
本研究の結果は、外耳の見かけ上の上昇が、主に差次的成長によって説明できることを示しています。
発生中には、
- 顔面が前方・側方へ大きく発達する
- 下顎を含む第1鰓弓由来構造が成長する
- 頭蓋底の形が変化する
- 脳や神経頭蓋が発達する
- 眼や口の相対的位置が変わる
といった変化が同時に起こります。
その結果、外耳そのものが大きく頭側へ移動しなくても、顔面全体の中では耳が下方から側頭部へ移ったように見えるのです。
これは、発生学でよく使われる「移動」という表現を、三次元的・定量的に見直す重要な結果です。
7. 基準点を変えると、見える「動き」も変わりました
本研究では、2つの基準軸を使ったことで、構造の移動を考える際の重要な点が明らかになりました。
内部構造を基準にすると、外耳は主に外側へ移動していました。
一方、眼と口を基準にすると、外耳は相対的に頭側へ移動しているように見えました。
どちらも間違いではありません。
ただし、それぞれが見ているものが異なります。
- 内部基準での解析
胚体内での実際の三次元的位置変化を反映する - 顔面基準での解析
顔の中での相対的な見え方を反映する
発生中の構造の「移動」を理解するには、何を基準にしているのかを明確にすることがとても重要です。
臨床とのつながり
外耳の位置は、胎児・新生児の形態評価において重要な所見の一つです。
特に低位耳は、染色体異常や頭蓋顔面形成異常に関連して観察されることがあります。
低位耳がみられる代表的な疾患には、
- 13トリソミー
- 18トリソミー
- 小顎症を伴う症候群
- 第1鰓弓由来構造の発達異常
- 頭蓋顔面形成異常
などがあります。
本研究は、正常発生において外耳がどのように見かけの位置を変えるのかを明らかにしたものです。
そのため、外耳の位置異常を理解する際には、外耳そのものだけでなく、
- 下顎の発達
- 顔面の成長
- 頭蓋底の形成
- 脳・神経頭蓋の発達
- 内耳との位置関係
を総合的に考える必要があることを示しています。
この研究の意義
本研究は、ヒト胚期における外耳の位置変化を、多数例のMRIデータを用いて三次元的に解析した研究です。
今回の成果から、
- 外耳はCS17〜CS23にかけて主に外側方向へ位置を変えること
- 外耳の頭側方向への絶対的移動は限られていること
- 外耳と内耳の距離は発生を通じてほぼ一定に保たれること
- 内耳の位置変化は比較的小さいこと
- 眼や口を基準にすると、外耳は相対的に上昇して見えること
- 外耳の見かけ上の上昇は、顔面・頭蓋の差次的成長によって説明できること
- 構造の「移動」を評価する際には、基準軸の選び方が重要であること
が明らかになりました。
これらの知見は、正常なヒト顔面発生を理解するための基礎資料です。
また、低位耳、小耳症、外耳形成異常、下顎形成異常、頭蓋顔面症候群などを発生学的に理解するうえでも重要です。
従来の説明との違い
従来、外耳は「首のあたりから頭部側面へ上昇する」と説明されることが多くありました。
この説明は、顔を基準にして観察した場合には直感的で分かりやすいものです。
しかし、本研究では、内部構造を基準にした三次元解析により、外耳の絶対的な頭側移動は限定的であることが示されました。
外耳は主に外側へ移動し、顔面や頭蓋底の成長によって相対的に高い位置へ見えるようになります。
つまり、外耳の位置変化は「耳が上に移動した」という単純な現象ではなく、顔面全体の立体的な成長の中で生じる位置関係の変化です。
この点が、本研究の大きな特徴です。
今後の展望
今後は、外耳と顔面形態形成をさらに深く理解するために、
- CS16以前の耳介丘形成の詳細解析
- CS23以降の胎児期における外耳形態の成熟過程
- 下顎、上顎、頬部との三次元的位置関係の解析
- 中耳小骨や耳管との発生学的関係
- 内耳・中耳・外耳の統合的三次元解析
- 低位耳や小耳症を伴う症例との比較
- 染色体異常における頭蓋顔面形態との関連解析
- 胎児超音波・MRI診断への応用
を進める必要があります。
われわれの研究室では今後も、ヒト胚・胎児の三次元画像解析を通じて、顔や頭部の構造がどのように形づくられ、相互に位置関係を整えていくのかを明らかにしていきます。
論文情報
論文タイトル
Movement of the external ear in human embryo
著者
Miho Kagurasho, Shigehito Yamada, Chigako Uwabe, Katsumi Kose, Tetsuya Takakuwa
掲載誌
Head & Face Medicine 8:2
公開日
2012年2月1日
DOI
https://doi.org/10.1186/1746-160X-8-2
PMID
22296782
PMCID
PMC3286420
ひとこと
発生学の教科書では、外耳は「首のあたりから上へ移動する」と説明されることがあります。
しかし今回の研究では、三次元MRIデータを用いて詳しく調べることで、外耳そのものが大きく上へ移動するのではなく、主に外側へ広がりながら、顔面全体の成長によって相対的に高い位置に見えるようになることが分かりました。
つまり、耳の位置変化は「耳だけの移動」ではなく、眼、口、顎、頭蓋底、内耳を含む頭顔面全体の成長の結果として理解する必要があります。
小さなヒト胚の顔では、各構造がそれぞれ異なる方向に成長しながら、最終的な顔のバランスへ向かって位置関係を整えていきます。
その正常な過程を知ることは、低位耳や頭蓋顔面異常を理解するための大切な基盤になると考えています。

