ヒト腹直筋の「腱画」はいつできるのか-拡散テンソル画像で可視化-
岩佐さんは、**ヒト胎児の腹直筋にみられる「腱画」**の形成過程を、**拡散テンソル画像(DTI)**を用いて詳しく解析し、その成果を発表しました。
腹直筋は、おなかの前面を縦に走る代表的な筋で、いわゆる「腹筋」の中心となる筋です。この筋の特徴のひとつが、筋腹を横切る腱画と呼ばれる線維性の仕切りです。腱画は腹直筋をいくつかの区画に分け、筋の効率や強度に関わると考えられています。成人では、腱画は3〜4本みられることが多い一方で、その発生の初期段階でいつ、どこに、どのように現れるのかについては、これまで十分に分かっていませんでした。
そこで本研究では、頭殿長(CRL)39.5〜93.7 mmのヒト胎児15例を対象に、7テスラMRIによるT1強調画像とDTIを用いて腹直筋を三次元的に解析しました。腹直筋は、肋骨弓から恥骨結合までの範囲を、臍の位置を基準に4つの領域(Zone-1〜Zone-4)に分け、それぞれの長さ・幅・厚さを測定するとともに、腱画の本数、位置、完全型/不完全型、左右差、性差を調べました。

その結果、腹直筋の下部にあたる**Zone-4(恥骨結合と臍輪下端のあいだ)**は、上部のZone-1・Zone-2や臍部のZone-3と比べて、幅が狭く、厚みが大きいという特徴をもつことが分かりました。また、DTIでは、通常のT1強調画像では見えにくい腱画を、筋線維とは異なる拡散特性をもつ低FA領域として描出することができました。
腱画の本数は、左右あわせて平均3.1本で、**2本の腱画しか持たない腹直筋が21%**にみられました。これは成人での報告より高い割合です。解析の結果、腱画が2本しかない標本では、まだ形成途中であり、第3の腱画がZone-2に形成されつつある可能性が示されました。つまり、胎児初期の段階では、腹直筋の腱画はすでにある程度配置されているものの、本数や完成度はまだ発達の途中にあると考えられます。
また、腱画の形態には部位ごとの違いがありました。Zone-1とZone-2では完全型の腱画が有意に多く、一方でZone-3では筋腹を完全には横断しない不完全型が多く認められました。さらに、Zone-4では腱画そのものが存在しないことが多いことも分かりました。これらの傾向は、成人の解剖学的研究で知られていた腱画の部位差とよく一致しており、腱画の部位ごとの特徴は胎児初期の段階からすでに現れ始めていることが示されました。
特に注目されるのは、今回の研究で、CRL 45.8 mm(受精後およそ11週)の標本ですでにDTIにより腱画が検出できたことです。これまでの組織学的研究では、腹直筋に成熟した腱画が確認されるのは受精後17週以降とされていました。今回の結果は、DTIが腱画形成のより早い、未熟な段階を捉えられる可能性を示しています。
この研究のポイント
- ヒト胎児初期の腹直筋における腱画形成を、DTIで可視化しました。
- 腱画は平均3.1本で、2本しかない標本も比較的多く、形成途中である可能性が示されました。
- 上部では完全型、臍周囲では不完全型、下部では欠如が多いという部位差が、胎児初期からすでに認められました。
今回の研究は、腹直筋の腱画形成を三次元的かつ定量的に評価した初めての研究の一つです。腱画は、見た目の「腹筋の割れ目」として知られるだけでなく、筋の力学的性質や神経・血管の分布とも関わる重要な構造です。その形成過程を理解することは、腹壁形成の基礎発生学を深めるうえで重要です。
また、本研究は、DTIが筋と腱性構造の分化を発生初期から捉えられることを示した点でも意義があります。今後は、同一標本での組織学的検証や、他の筋群での応用を進めることで、胎児期の筋骨格形成の理解がさらに深まることが期待されます。
本研究成果は、2024年5月29日に Journal of Anatomy 誌にオンライン掲載されました。
論文情報
タイトル
Formation of tendinous intersections in the human fetal rectus abdominis
著者
Yui Iwasa, Toru Kanahashi, Jun Matsubayashi, Hirohiko Imai, Hiroki Otani, Shigehito Yamada, Tetsuya Takakuwa
掲載誌
Journal of Anatomy
公開日
2024年5月29日
DOI
https://doi.org/10.1111/joa.14064
ひとこと紹介
腹直筋の腱画は、胎児初期の段階から少しずつ形成され始めます。本研究では、拡散テンソル画像を用いて、腹直筋内部の腱画を可視化し、その本数や部位ごとの特徴が、発生の早い段階ですでに現れていることを明らかにしました。

