ヒト錐体筋は、胎児初期にすでに形成されている-腹壁の小さな筋の出現時期と特徴-
岩佐さんは、修士課程の研究で**腹壁の小さな三角形の筋である錐体筋(pyramidalis muscle: PM)**に注目し、その出現時期と初期発生の特徴を明らかにしました。

錐体筋は、下腹部正中の左右に位置する小さな筋で、恥骨前面から起こり、白線に向かって上行する三角形の筋です。成人では比較的よくみられる一方で、その生理的意義ははっきりしていません。腹直筋の補助的な役割を担う可能性はあるものの、単独で大きな力を発揮する筋ではなく、しばしば「痕跡的な筋」とみなされることもあります。ところが近年の研究では、錐体筋が膀胱頸部周囲の再建や小範囲の再建手術に利用できる可能性、また恥骨や内転筋群との解剖学的つながりが注目されています。しかし、ヒト発生のどの段階で錐体筋が出現するのかについては、これまで十分な情報がありませんでした。
そこで本研究では、Carnegie stage 18〜23のヒト胚子14例と、頭殿長(CRL)39.5〜185.0 mmのヒト胎児59例を対象に、7テスラMRI、3テスラMRI、および一部標本では拡散テンソル画像(DTI)を用いて、錐体筋と腹直筋を三次元的に解析しました。錐体筋の有無、左右差、性差、長さ、幅、位置関係を評価し、腹直筋や臍―恥骨間距離との比較も行いました。
その結果、錐体筋はCS20で初めて確認されました。CS18およびCS19では認められず、CS20の3例中1例で左右両側に出現していました。その後、CS21〜23では7例中5例(71.4%)で確認され、錐体筋が胚子後期にはすでに形成され始めていることが分かりました。
胎児初期では、**59例中48例(81.4%)**で左右両側に錐体筋が認められ、**3例(5.1%)**では右側のみに存在し、**8例(13.6%)**では認められませんでした。統計解析の結果、左右差や性差は有意ではなく、この出現頻度や左右性は成人の報告とおおむね一致していました。
形態学的には、錐体筋は腹直筋の前下方に位置し、恥骨を起始として白線に停止する三角形の筋として観察されました。多くの標本で、長さは幅より大きい傾向がありましたが、長さと幅の比には個体差がみられました。一方で、錐体筋の長さを腹直筋長や臍―恥骨間距離で割った比率は、CRLにかかわらずほぼ一定でした。つまり、錐体筋は胎児の成長に伴って大きくなりますが、腹壁の中で占める相対的位置やサイズ比は比較的保たれていることが分かりました。
また、三次元再構築により、錐体筋は腹直筋よりも下方・前方にあり、さらに大腿内側筋群により近い位置に存在することが示されました。これは成人で知られる、錐体筋―前恥骨靱帯―長内転筋複合体という解剖学的連続性を考えるうえでも興味深い所見です。
この研究のポイント
- 錐体筋はCS20で初めて確認され、胚子後期に出現することが分かりました。
- 胎児初期の約8割で左右両側に錐体筋が存在し、左右差や性差は認められませんでした。
- 錐体筋は腹直筋の前下方に位置し、腹壁内での相対的な大きさや位置は成長に伴って大きく変わらないことが示されました。
今回の研究は、これまで発生学的に見落とされがちだった錐体筋について、ヒト胚子・胎児を対象に、その出現時期と形態を初めて体系的に示した点に大きな意義があります。特に、CS23でも認められないことがある一方で、CS20ですでに出現する例があることから、錐体筋は小さく個体差のある筋でありながら、発生の比較的早い段階から形成されることが分かりました。
また、錐体筋の頻度、左右差、性差、位置関係が、胎児初期の段階ですでに成人に近いという結果は、この筋が偶発的な構造ではなく、一定の発生プログラムに従って形成されることを示唆しています。生理的役割はまだ明確ではありませんが、腹壁や恥骨周囲の筋群との関係からみて、発生学的にも解剖学的にも無視できない構造といえます。
今後は、錐体筋と腹直筋、内転筋群、前恥骨靱帯との連続性や、神経支配・結合組織との関係をさらに詳しく調べることで、この小さな筋の意味がより明らかになることが期待されます。
本研究成果は、2024年1月26日に Congenital Anomalies 誌にオンライン掲載されました。
論文情報
タイトル
Pyramidalis muscle formation during human embryonic and early fetal periods
著者
Yui Iwasa, Toru Kanahashi, Hirohiko Imai, Hiroki Otani, Shigehito Yamada, Tetsuya Takakuwa
掲載誌
Congenital Anomalies
公開日
2024年1月26日
DOI
https://doi.org/10.1111/cga.12551
ひとこと紹介
下腹部の小さな三角形の筋である錐体筋は、ヒトの胚子後期からすでに形成され始めます。本研究では、高解像度MRIを用いてその出現時期と形態を明らかにし、胎児初期には成人に近い頻度と位置関係を示すことを報告しました。
表紙に採用されました。https://doi.org/10.1111/cga.12522

