ヒトの大腿は、いつ・どのように向きを変えるのか-胚子期から胎児初期にかけた下肢姿勢の変化を、骨格ランドマークで定量化-
熊野くんは、卒業研究で、ヒト胚子・胎児初期における大腿骨の姿勢に注目し、骨格上の明確なランドマークを用いて、下肢姿勢の変化を定量的に明らかにしました。

ヒトの下肢は発生の途中で大きく向きを変え、最終的には足底が地面につく成人型の姿勢へと至ります。これまで、発生中の下肢の「回旋」は古くから知られていましたが、その変化がいつ、どの程度進むのかについては、意外に正確な定量データがありませんでした。とくに従来の研究では、足や足趾の向きを手がかりに下肢の回旋を推定することが多く、股関節そのものの姿勢変化を直接評価したものではありませんでした。しかし胚子期から胎児初期の足部には、いわゆる生理的内反足様姿勢がみられるため、足の向きだけから下肢全体の回旋を判断することには限界があります。
そこで本研究では、Carnegie stage 19〜23のヒト胚子157例と、頭殿長(CRL)37.2〜225 mmのヒト胎児18例を対象に、MRIから三次元画像を構築し、仙骨、大腿骨頭、膝、足関節あるいは大腿骨遠位端といった骨格ランドマークをもとに、大腿骨の姿勢を計算しました。解析では、股関節の屈曲、外転、外旋を中心に、下肢姿勢の時間的変化を調べました。

その結果、股関節の屈曲角は、CS19で約14度と小さく、胚子期の進行に伴って徐々に増加し、CS23では約65度に達しました。胎児期にはさらに増加し、多くの標本で90〜120度程度の「座ったような姿勢」に近い状態を示しました。
一方、股関節の外転角は、CS19で約78度と大きく開いた姿勢でしたが、発生に伴って徐々に減少し、CS23では約27度まで低下しました。胎児期では平均して約13度となり、下肢が体幹に対してより内側に寄る姿勢へ変化していくことが示されました。
さらに、股関節の外旋角は、CS19およびCS21で90度を超える大きな値を示し、胚子期後半に向けて減少して、CS23では約65度となりました。胎児期の平均は約43度で、個体差はあるものの、全体として発生に伴い外旋が減少していく傾向が認められました。
重要なのは、胚子期において、屈曲・外転・外旋という3つの姿勢パラメータが互いに強く直線相関したことです。つまり、各発生段階で大腿骨の姿勢は三次元的にほぼ一定の関係を保っており、胚子期の下肢姿勢は、ばらばらに変化するのではなく、一定のパターンに従って滑らかに変化することが分かりました。一方で、胎児期に入ると個体差が大きくなり、胚子期のような明瞭な一方向の変化はみられませんでした。これは、関節腔の形成や骨盤輪の完成により、胎児期には股関節の可動性が増し、子宮内での姿勢の自由度が高まるためと考えられます。
加えて本研究では、骨盤輪の形成も同時に観察されました。胚子期初期の骨盤はまだ開いた状態にありましたが、CS21で仙腸関節の形成、CS23で恥骨結合の接触がみられ、骨盤輪が完成に向かう過程が確認されました。これに伴い、左右の股関節と仙骨の位置関係も変化し、股関節の相対的位置は、胚子期には第1仙椎付近、胎児期には第3仙椎付近へと変化していました。
この研究のポイント
- ヒト胚子157例・胎児18例を対象に、大腿骨の姿勢を三次元的に定量解析しました。
- 股関節は胚子期を通じて、屈曲が増加し、外転と外旋が減少することが明らかになりました。
- 胚子期の下肢姿勢は三次元的に一定のパターンを保ちながら滑らかに変化し、胎児期には個体差が大きくなることが分かりました。
今回の研究は、下肢姿勢の変化を足の向きではなく、骨格ランドマークに基づいて評価した点に大きな意義があります。これにより、従来の「有名な praying feet 姿勢」だけでは捉えきれなかった、股関節レベルでの正確な姿勢変化が初めて定量的に示されました。
また、本研究の結果は、教科書的にしばしば説明される「8週ごろに下肢が90度回旋する」という単純なイメージとは一致せず、実際には屈曲・外転・外旋が組み合わさった複雑な三次元変化として進行することを示しています。これは、ヒト下肢の正常発生を理解するうえで重要な基礎情報です。
こうした知見は、発生学の理解だけでなく、先天性股関節異常、下肢回旋異常、内反足などの診断や理解にもつながる可能性があります。今後は、骨盤、膝、足関節を含めた全下肢の立体的発生や、関節形成との関係をさらに詳しく調べることで、ヒト下肢姿勢の成立過程がより明らかになると期待されます。
本研究成果は、2023年5月2日に PLOS ONE 誌に掲載されました。
論文情報
タイトル
Femoral posture during embryonic and early fetal development: An analysis using landmarks on the cartilaginous skeletons of ex vivo human specimens
著者
Tetsuya Takakuwa, Marie Ange Saizonou, Sena Fujii, Yousuke Kumano, Aoi Ishikawa, Tomoki Aoyama, Hirohiko Imai, Shigehito Yamada, Toru Kanahashi
掲載誌
PLOS ONE
18(5): e0285190, 2023
公開日
2023年5月2日
DOI
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0285190
ひとこと紹介
ヒトの下肢は発生の途中で大きく向きを変えますが、その変化は単純な「回旋」ではありません。本研究では、大腿骨の姿勢を骨格ランドマークから定量化し、胚子期には屈曲・外転・外旋が一定の関係を保ちながら滑らかに変化することを明らかにしました。

