アクセスカウンター

2025年7月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

MR顕微鏡について

顕微鏡というと普通思い浮かべるのは、光学レンズを用いて組織標本をみる“光学顕微鏡”だと思いますが、MR(磁気共鳴)の原理を利用して、より高解像度の像を得るのがMR顕微鏡です。まず、MRimageとは、体の内部などを、磁場の中で起こる電磁波(場)との共鳴現象(NMR)により可視化する手法です。1980 年代の半ば頃から実用化された医学診断装置で、人体各部の断層像や三次元画像が取得できます。放射線被爆がなく、さまざまな生体情報が得られるため現在では病院で広く診断目的に使われています。MR顕微鏡の長所は、胚子を全く傷つけることなく、得られたデジタルデータを用いて、任意の断層面を観察、三次元的な内部構造の抽出や再構成ができることなどがあります。私たちの研究室では、3つのMR撮像データ群を用いて研究を行っています。

1.CS13-CS23に相当する約1200体の胚子立体像 (Kyoto Human Embryo Visualization Project)

2.34T超伝導磁石を用いたMR顕微鏡を用いて、筑波大学の磁気共鳴イメージング研究室と共同で撮像されました。 画素サイズ、40〜150ミクロン立方、画像マトリクスサイズは、128x128x256の拡大像が得られました。胚子1体当り8時間かかりました。「京都コレクション」を用いて行われたヒト胚子約1200例の撮像は、約22ヶ月間にわたって昼夜機械を作動させて行われたそうです。

2.CS22から胎児期初期 (頭殿長-90mm位)(Post-embryonic stage Visualizing Project)

post-embryonic stage

今井宏彦博士(情報学研究科システム科学専攻医用工学分野)の協力を得て現在撮像中です。7TのMRM (BioSpec 70/20 USR, Bruker Biospin MRI Gmbh, Ettlingen, Germany) with a 1H quadrature transmit-receive volume coil of 35 mm, 72 mm in diameter (T9988, Bruker Biospin)を用いています。また、独自に19mm, 75mmコイル等も開発して応用しています。拡散テンソルイメージング(DTI)撮像も行っています。

3.  胎児期初期から中期(頭殿長 100mm以上)

岡田知久博士(脳機能総合研究センター)の協力を得て臨床用7T MRI (Megatom Siemens)をを用いてT2強調像を撮像しています。

位相コントラストX線CT

位相CT撮像を行っているPhoton Factory
つくば市にある共同利用型大型施設である。

病院等でみられる医療用に普及しているCTは、X線が物質を透過する際の透過率(吸収率)の変化をコントラストとして三次元の画像にするものです(吸収コントラストX線CT法)。これに対して、位相コントラストX線CT法は、X線が物質を透過する際に生じる位相変化をコントラストとして三次元の画像にする方法です。X線の吸収率が小さい軽元素(水素、炭素、酸素など)で構成されている生体試料では、従来の吸収コントラストX線CT法に比べて分解能を1000倍も高くすることができます。共同研究者である山田重人博士は、高エネルギー加速器研究機構 (KEK;筑波)の研究施設(Photon Factory)を共同利用してヒト胚子の高解像度データを取得する研究を進めています。得られた貴重な撮像データを私たちは解析に用いています。

   図1 位相CTの原理

位相CTの原理

三次元イメージング法のうち、マイクロX線CTは、ヒト胚のような柔らかい標本では通常のX線CTでは透過してしまい撮像ができません。またMR顕微鏡では詳細な解析に至る解像度が得られていません。そこでわたしたちは、位相X線顕微鏡(位相CT)を用いることにいたしました。 位相CTは波としてのX線は物質を透過すると位相がシフトすることを利用し、この位相差を画像化することで、従来の吸収X線によるイメージングの1000倍の感度を実現したもので、解像度はMR顕微鏡の10倍近くになる可能性があります(図1)。日立・高エネ研・北里大の共同研究グループが開発した撮像システムは、(BL-14C)に常設されています[3-5]。

図2位相CT装置(BL-14Cに常設)

BL-14Cに常設された位相CT装置は、非対称結晶を用いた拡大ミラー、分離型X線干渉計位置決め機構、画像検出器、試料位置決め機構、フィードバック機構から主に構成されています。BL-14の垂直ウィグラーから放射されたX線はSi(220)結晶で単色化され、さらに非対称結晶により横方向に拡大されて、X線干渉計に入射します。干渉計で形成された干渉ビームのうち一方は画像検出器で検出し、他方はフィードバック用として利用します。試料は基礎から独立した位置決め機構により、干渉計の光路に設置します。

3次元測定は、試料をX線に対して回転して行います。標本はアガロースゲルに包埋し、そのゲル塊を回転台に固定する方法をとります(図3)。標本はBL-14Cに常設された位相コントラスト型イメージングシステムの標準的な試料ステージを用いて設置します。標本の大きさは最大3cm程度であり、上記ステージで十分な位置決めを行うことができます。標本は水で満たしたセル内に設置します。これは標本の蒸発を抑制すると同時に、空気と標本の大きな密度差を低減するためです。CTを実施するために、標本を固定した棒をセル外からモータにより回転させます。

位相CT撮像の実際

現在、割り当てられたビームタイムに合わせてヒト胚子標本を施設に持ち込んで撮像をしています。1体あたりの撮像に3−6時間かけ、1日4−6体、ほぼ24時間、装置を稼働しております。たまに訪れるビームダンプと地震は難敵で、再撮像を余儀なくされることがあります。あとは、過酷なつくばの気候(特定のメンバーが連れてくるという噂もあります)。

図3 サンプルセルにゲル包埋した標本を水没させたもの。矢印:サンプルセル、矢頭:回転軸。この軸の回転により、CT像を得る。

プロジェクトの現状と成果

ヒト胚子の位相CT撮像法としては一定の手法を確立した状態で、撮像標本数も200程度になりました。それらを用いて、全身様々な部位の器官、組織等の発生に伴う変化を解析しています[1]。位相CTを用いることで、貴重な標本を破壊せずに解析できます。また、撮像された画像は立体構築が正確であることから、三次元的な形態観察、計測に適しています。くわえて、二次元の断面像を任意に取れる、レンダリングにより臓器の位置の把握が容易である、多くの個体をコンピューター上で比較検討しやすいなど、デジタルデータならではの多くの長所があります。これらの長所を生かしたヒト胚子研究はほとんどなく、得られる知見は大変有意義です。

今後の課題

グループの米山らは、「X線干渉法を用いたZeffイメージング法」(標本内の実効原子番号の空間分布を画像化する方法)の開発を進めています [6]。新規の観察手法ですが、これまでと標本準備や機器のセッティングは同じで、位相イメージングに加えて吸収像の撮影を追加するだけで元素に関する情報を画像化可能であるという点が大きな利点です。この手法で生物標本を網羅的に観察した例は皆無です。Zeff法を用いることで、器官発生に伴う質的な変化、代謝による物質の合成、貯留を定量、組織構造の形成に伴う物質分布の変化についての情報を付加することが可能です。発生に伴う代謝や機能的な変化、組織構造学的な変化について新たな知見を得、発展に貢献すると思われます。また、その異常についても捉えられる可能性があることから先天性代謝疾患、中毒性疾患についても新たな知見が得られる可能性があります。また、より安定した実験装置周辺環境で、より高い空間分解能、濃度分解能の画像を得るためのビームライン、X線干渉計の高度化に関する検討や加速器の先生方とともに挿入光源の高度化に関する検討も行なっています。

参考文献

[1] Takakuwa T. 3D analysis of human embryos and fetuses using digitized datasets from the Kyoto Collection. Anat Rec 2018;301: 960-969 doi: 10.1002/ar.23784

[2] Yamaguchi Y, Yamada S. The Kyoto Collection of Human Embryos and Fetuses: History and Recent Advancements in Modern Methods. Cells Tissues Organs 2018; 205: 314-319. doi: 10.1159/000490672.

[3] Yoneyama A, Yamada S, Takeda T. Fine biomedical imaging using X-ray phase-sensitive technique. In: Gargiulo DG, Mcewan A, editors. Advanced biomedical engineeringRijeka: InTech; 2011. pp. 107-128.

[4] Yoneyama A, Takeda T, Tsuchiya Y, Wu J, Lwin TT, Koizumi A, Hyodo K, Itai Y, A phase-contrast X-ray imaging system-with a 60 × 330 mm field of view-based on a skew-symmetric two-crystal X-ray interferometer. Nucl Instrum Methods Phys Res A. 2004; 523: 217-222.

[5] 兵藤一行. 放射光位相コントラストイメージングで展開されるサイエンスへの期待. 表面と真空 2019; 62: 66-71.

[6] Yoneyama A, Hyodo K, and Takeda T, Feasibility test of Zeff imaging using x-ray interferometry. Appl Phys Let 2013;103:204108.

INCIPIT VITA NOVA

研究室のロゴ”胚子くん”です。

左下の絵( 19 世紀末の風刺画)をもとにしています。

この絵の左に描かれる女性はダンテが恋をしたという美少女ベアトリーチェ、胚子が読んでいるのはダンテの書いた有名な詩集、La Vita Nuova『新生』です。詩集には有名な次の一節が書かれています。

“Incipit vita nova” “私の人生は、今ここから始まる”

La Vita Nuova『新生』は、13-14世紀イタリア詩人ダンテ=アルギエーリが、若い時代に書いた詩31篇とその詩を書くにいたった由来や解題をまとめた詩文集で、『神曲』に次ぐダンテの代表作です。

ダンテは幼い時に美少女ベアトリーチェと出会い、青年になって彼女と再会して会釈を受け、激しい恋心を抱くが、ベアトリーチェはほどなくして病気により夭逝しました。その悲報を受けてダンテは惑乱し、かねてベアトリーチェについて綴ってきた詩文と、彼女を喪ったことの悲しみをうたった詩をともに『新生』としてまとめ上げたといわれています。

 19 世紀末は、 His 博士がヒトの胚子、胎児を観察し学術書に記載した時期に相当します。リアルなヒトの発生の描写は、当時の世界においては、かなりの衝撃であったと推察されます。

図の説明

左;世紀末美術 ‘decadent Art’を代表するAubrey Beardsley(1872–98) が描いた風刺画

中;モデルとなった絵画、 Beata Beatrix (by Dante Gabriel Rossetti)

右;参考にしたと推測されている胎児、 Wilhelm Hisの ‘Anatomy of human embryos'(1880-85)’

胚子期後半の頭部血管叢 (Finley 1922)

胚子期後半に頭部の外表に赤いはちまきのような輪を観察することができる。網状の血管が互いに癒合している。血管形成の最先端である (Finley 1922)。

胎児の腎・糸球体・尿細/集合管 (Oliver 1968)

胎児腎臓において、尿を収集するシステムを詳細に形態学的に追ったものである。墨絵のような、どこかで見たことがあると思わせる自然な味わいがある.

Detail of the branchings of the lateral duct
NEPHRONS AND KIDNEYS
A Quantitative Study o f Developmental and Evolutionary Mammalian Renal Architectonics
by JEAN OLIVER, M.D. Joanna Cotler Books (1968/07)

St. 10のヒト胚子 (Didusch 1929)

受精後約3週、絨毛膜を開いて現れた胚子はわずか3.1mm、頭尾、体節を持ち心臓も既に拍動している。この時期の、自然の直立した形を保った胚子は世界的にもまれで、耽美的ですらある.当時の論文の図の多くは精巧な版画によるものが多い。この発生段階10のヒト胚子はillustrator Diduschの傑作のひとつ(銅版画)である[Stage 10 human embryo; Contrib Embryol 20; 81, 1929]

胎児超音波検査 (産婦人科領域のエコー) について

14w3d

超音波検査は生体への侵襲の低さが最大の利点であり,母児に対して行う「胎児超音波検査(産科エコー)」は、画像診断法として 広く普及している検査法です。妊娠中に行う胎児超音波検査の目的は,胎児の発育・形 態・機能,さらに胎盤・羊水・臍帯を評価することにより,胎児自身の状態および胎児が 置かれている環境を把握することにあります。超音波診断装置の性能は年々向上し、最近では以前とは比べ物にならないほど胎児の詳細な情報がわかるようになってきました。

一方、胎児の病気の有無を調べる目的でなくても、超音波検査を行うと、偶然、胎児の重大な病気が見つかってしまうこともあるので、注意が必要です。偶然異常が見つかった場合、妊婦や家族に、検査結果をどう解釈すべきかや、どのような対応が選択できるのかなどを十分に伝える必要があるからです。

超音波検査は高度な専門技術、知識が必要とされ、専門の資格を有する「超音波検査士」が行うことが多くなっています。「超音波検査士」は超音波検査に習熟した医療従事者が一定の条件を満たした場合に得られる日本超音波医学会の認定資格です。胎児超音波検査を含む産婦人科領域は、主要な超音波検査領域の一つです。

私達の研究室では、胎児超音波検査のトレーニングを受けつつ、胚子、胎児研究を進められるよう体制を整えています。

先天異常標本解析センターと京都コレクション

西村秀雄教授
1970年ころ

1961年、京都大学医学部解剖学第三講座 の西村秀雄教授は、人工妊娠中絶によって得られたサンプルを協力産婦人科医により収集するプロジェクトを開始しました。当時、妊娠初期につわり等の薬としてサリドマイドを服用した方から、短肢症等の先天異常児がうまれる危険性があることが顕在化し、社会問題となっていました。1975年「ヒトの胎児医学と先天異常の予防」に関する研究を目的として先天異常標本解析センターが設置されました。1961年以来収集されてきたヒト胚子および胎児の標本とその記録が保存され、これまでに集められた標本数は44,000例に上っています(京都コレクション)。器官形成期に当たる受精後8週までの損傷のない胚子約1,000例は、全身の連続組織標本として保存されており、そのうち特に上質のもの474例はヒト胚子の国際登録に含まれ、その例数は米国カーネギー発生研究所の617例に次ぐものとなっています。このように京都コレクションは質・量ともに世界最大規模のものであり、国内外の関連分野の研究者の利用に供されています。

胚子の連続組織切片、センターには500例近くの標本が保管されている。

また先天異常標本解析センターでは、現在、先天異常の初期病理発生過程の研究、遺伝疫学的方法による各種先天異常の病因解明、さらに実験的研究による先天異常の発生メカニズムや予防に関する研究を推進しており、ヒト発生学および先天異常研究の世界的な中心の一つとなっています。
京都コレクションは、二度と得ることができない大変貴重な標本群といえます。ですから、将来の不測の事態などに備えると共に、ヒトの発生学、遺伝学に寄与するために恒久的な保存が必要です。そこで京都コレクションを使用した器官形成期から出生までの各発生段階の胎児のMR画像のデータベース化、さらにMR断層画像、連続切片像から、各発生段階の胎児の形成および主要臓器の三次元立体画像を作成・データベース化する「ヒト胚の三次元データベース構築」事業が科学技術振興機構バイオインフォマティクス推進事業(2005-11)に採択され実施されました。(代表;塩田浩平教授、 筑波大学大学院 数理物質科学研究科(巨瀬研究室)などとの共同)

 

先天研開設40周年記念号;Anatomical Record 2018年301巻6号

京都コレクションは他に、次のような特長があります。

1)当コレクションは、殆どが人工妊娠中絶由来で特別な選択をかけていないので、妊娠初期の子宮内の胚子集団を反映している

2)大多数は受精後3~8週の「器官形成期」の標本で、重要な発生段階に相当する。

3)外形異常胚が多く含まれている(Matsunaga & Shiota, Teratology, 1977)。

4) 各症例のマクロ写真、書誌データ(妊娠歴、標本観察データなど)を有する。

5) 外表正常および異常の約500例のヒト胚連続組織切片を有している。

 

“咽頭胚期” (CS12) の類似性とその意義

ヘッケルの”有名”な発生と進化の教科書の図より
この図は”でっちあげ”の図とも言われている

脊椎動物は、発生の中途で極めて似た形態をとる時期があります。この時期から僅かに発生が進むだけで、それぞれの胚は外観をかえ、その成人の姿を容易に推察できるようになります。ヘッケルが「ある動物の発生の過程は、その動物の進化の過程を繰り返す形で行われる」、いわゆる反復仮説を唱えたのもこういった観察に基づくものでした。ヘッケルの反復説が19世紀当時、大きな注目・支持を集めた理由は、個体発生と系統発生の間にあった多くの観察事例とその傾向を、非常にシンプルに説明するようにみえたからでしょう。

この類似の形態はいわゆる“咽頭胚期”と言われる時期に相当します。頭部、尾部があり、その間が分節化した構造をもつこと、この頭尾軸に沿って、神経管、消化管があること、心臓、鰓孔があることなど…この形態は、多様な脊椎動物の共通項を抜き出したものといえるかもしれません。この類似性の高い段階をPhylotypic stageといいます。

どうして、こんなに似ているのでしょうか。それは、脊椎動物がこの時期に体の構成”body plan”の概要を決定するからで、進化的に変更が効きにくかったからだと言われています。最近の遺伝子の発現パターンをみた研究では、body planに関連した重要な遺伝子が、この時期多く発現し、その発現パターンは種間で驚くほど類似していることが示されています。このように動物が個体発生を行う際、その発生中期に進化的な変更を最も加えにくい時期が存在するという考えを発生砂時計モデルといいます。

ところで、この咽頭胚期ですが、ヒトではCS12に相当すると考えられられます。ヒトのこの時期より若い時期の胚についての研究は、進んでいるとは言えません。受精28日未満の時期であり、妊娠そのものが自覚できていない時期であること、3mm程度と非常に小さいこと、個体の形状が保持しにくいことなどの理由で、解析個体が得にくく、解析も困難だったからです。私たちは、組織連続切片をデジタル化し、最新のコンピュータ、ソフトウエアを使用して、この時期の胚子の研究にも取り組んでいます(22 Ueno et al)。

22. Ueno S, Yamada S, Uwabe C, Männer J, Shiraki N, Takakuwa T, The digestive tract and derived primordia differentiate by following a precise timeline in human embryos between Carnegie stages 11 and 13, Anatomical Rec 2016,  299, 439-449, DOI: 10.1002/ar.23314s,  (概要)

胃の形態の個体差について

子供は大人の相似形であるーというと、多くの人は反論するでしょう。少なくとも医療に従事する人でそんな乱暴な考えをもつ人はいるまい。では、ヒトの胚子の胃はどうでしょうか。最近の発生学の教科書で胃の発生の項をみますと、その絵の多くは、胃薬のコマーシャルに書かれるような絵で、本によっては「大人と相似形である」と堂々と書かれたものもあります。多分最近の教科書で勉強した医学生はヒトの胃は大人と相似形であると信じて疑わないのではないでしょうか。

デジタル化の恩恵で、以前だったら探しだすのを諦めるような古い文献も用意に入手できるようになりました。文献を遡り、ちょうど100年前にLewisという人が書いた論文に胃の形態に関するものがあります。(Am J anatomy 1912)

この論文は数例の胃の立体像の観察を記したもので、現在の教科書の胃の形態とは大きく異なります。はたして、研究材料として使用しているMRI dataをもとにわれわれがヒト胚子期の胃の形態を3次元化したところ、随分変わった形の胃が出来上がりました(8. Kaigai et al, 2014)。それはまさにLewisの絵の特徴と一致していました。そして、同じ時期のものでも個体による差があるということ、ヒト胚子の胃は十人十色であるということが新たにわかりました。

生化学や分子生物学等の進歩は実験発生学の発展をもたらしました。一方で記述中心の古典的な発生学、とくにヒトを材料とした発生学は1960年代を境にあまり行われなくなりました。私たちが研究を進める上で参考にする論文は、Lewisの胃の論文のような古典的なものがしばしばあります。実に忠実に描出された形態模写をみると、私たちの観察結果についての支持がえられた安堵感とともに、いにしえの研究者と時空を超えた交流を通して、その熱情に触れ、学術的な論文でありながら心温まるものがあります。

8. Kaigai N, Nako A, Yamada S, Uwabe C, Kose K, Takakuwa T, Morphogenesis and three-dimensional movement of the stomach during the human embryonic period, Anat Rec (Hoboken). 2014 May;297(5):791-797. doi: 10.1002/ar.22833 ,  2014 May;297(5):C1. doi: 10.1002/ar.22774. (概要), [OpenAccess]