ヒト大脳皮質の最初の「しわ」はいつできるのか-初期脳溝形成の時期と特徴を解明-
熊谷さんは卒業研究で、ヒト胎児の大脳皮質に最初に現れる脳溝(脳の表面のしわ)の形成時期と、その初期形態の特徴を、高解像度MRIを用いて明らかにしました。本研究では妊娠11〜16週のヒト胎児標本33例を対象に、脳表面の微細な凹みと内部構造との関係を詳細に解析しました。
その結果、脳梁周囲構造は妊娠12週未満、海馬溝・鳥距溝・頭頂後頭溝は妊娠13週未満、外側溝は妊娠15週未満に確認され、主要な脳溝が従来のMRI研究で考えられていたよりも早い時期から形成されることが分かりました。さらに、脳溝は単純に端から少しずつ伸びるのではなく、ある程度の長さをもって比較的まとまって現れる可能性も示されました。
本研究成果は、2025年2月12日に The Anatomical Record にオンライン掲載されました。
研究の背景

ヒトの大脳皮質の表面には、多数の脳溝と脳回が形成されます。こうした構造は、脳の発達段階を知るうえで重要な指標であり、胎児MRIや超音波検査でも発達評価の目安として利用されています。特に、発生の早い時期に現れる一次脳溝は、正常な脳発達の判断や胎児の発育評価において大切な情報を与えます。
しかし、妊娠初期のヒト胎児では脳溝が非常に浅く、しかも個体差もあるため、「いつ、どの脳溝が最初に現れるのか」を正確に決めることは簡単ではありませんでした。これまでのMRI研究では、解剖学的研究と比べて脳溝の検出時期が遅れる傾向があり、特に妊娠17週未満の初期段階については十分なデータが限られていました。
そこで本研究では、高解像度MRI画像を用いて、初期脳溝形成のタイミングと形態的特徴を、三次元的かつ定量的に明らかにすることを目指しました。
研究の方法
本研究では、妊娠11〜16週、頭殿長(CRL)50.0〜129.3 mmのヒト胎児標本33例を対象としました。標本は、7テスラ高磁場MRIを用いてT1強調画像として撮像し、得られたデータから脳の連続二次元断面像と三次元再構築像を作成しました。
解析では、脳表面に見られるすべての溝候補を二次元断面上で丁寧にマーキングし、それを三次元脳表面上に対応づけることで、各標本内および標本間で位置を比較しました。さらに、単に表面のくぼみを見るだけでなく、海馬、嗅球、脳梁といった内部構造との位置関係も手がかりにして、各脳溝をより正確に同定しました。
また、確認できた脳溝については、長さと深さを計測し、頭殿長との関係を統計学的に解析しました。
主な研究成果
1.主要な脳溝は、従来のMRI研究より早い時期に出現していた
解析の結果、脳溝の出現時期は以下のように確認されました。
- 脳梁周囲構造:妊娠12週未満
- 海馬溝・鳥距溝・頭頂後頭溝:妊娠13週未満
- 外側溝:妊娠15週未満
これらの時期は、従来のMRI研究よりも早く、解剖学的研究で示されてきた時期に近いものでした。
特に外側溝は、初めはなめらかであいまいなくぼみとして現れ、その後しだいに角ばった形へと変化していくことが観察されました。
一方で、嗅溝は一部の標本でのみ確認され、安定した出現時期は定められませんでした。また、帯状溝は明確には同定できませんでした。
2.深さは成長とともに増す一方、長さは必ずしも一定に伸びなかった
脳溝の形態を定量的に解析したところ、多くの脳溝で深さは頭殿長の増加とともに直線的に増加しました。つまり、胎児の成長に伴って脳溝はより深くなっていくことが分かりました。
その一方で、長さについては必ずしも同じようには増加しませんでした。たとえば、嗅溝や左の海馬溝では頭殿長に伴う増加がみられましたが、右の海馬溝や鳥距溝、頭頂後頭溝などでは明瞭な増加傾向は認められませんでした。
3.脳溝は「少しずつ伸びる」のではなく、ある距離をもって現れる可能性が示された
これまで脳溝形成は、点状の変化が徐々に伸びていくように理解されることもありました。しかし本研究では、脳溝の深さは増していく一方で長さが必ずしも連続的に伸びないことから、脳溝は端から少しずつ伸長するというより、ある程度の距離をもって比較的まとまって出現する可能性が示されました。
この知見は、脳表面の形づくりの仕組みを考えるうえで重要な示唆を与えるものです。
研究の意義
本研究の大きな特長は、高解像度MRIで得た連続断面像と三次元画像を組み合わせ、脳表面の微細な変化を内部構造と照合しながら評価した点にあります。これにより、妊娠初期の浅く微細な脳溝も、従来より高い精度で捉えることができました。
今回得られた成果は、ヒト脳発生の基礎理解を深めるだけでなく、胎児脳の正常発達の基準づくり、出生前MRI診断の精度向上、さらには神経発達障害の形成機序の理解にもつながることが期待されます。
今後の展望
本研究では、初期脳溝形成の時期と特徴を明らかにしましたが、左右差や個体差、性差については、さらに大規模な標本解析が必要です。今後は、より多くの標本を対象として解析を進めることで、ヒト脳表面形成の多様性と共通性をより精密に明らかにしていく予定です。
また、本研究で用いた高解像度MRIと三次元解析の手法は、脳だけでなく、発生過程にあるさまざまな器官や組織の形態形成研究にも応用可能です。ヒト発生の理解を深めるための基盤技術として、今後の展開が期待されます。
論文情報
論文タイトル
Primary sulci formation in human cerebral cortex development
著者
Miyu Kumagai, Toru Kanahashi, Jun Matsubayashi, Hirohiko Imai, Hiroki Otani, Tetsuya Takakuwa
掲載誌
The Anatomical Record
公開日
2025年2月12日
DOI
https://doi.org/10.1002/ar.25637
ひとこと紹介文
ヒトの脳の表面に最初に現れる「しわ」は、発達のごく早い段階から形成され始めます。本研究では、高解像度MRIを用いて妊娠初期のヒト胎児脳を詳しく解析し、主要な脳溝の出現時期と形態的特徴を明らかにしました。ヒト脳発生の理解を深めるとともに、出生前診断や神経発達障害研究への応用が期待されます。

